2017.0827
●まとめ
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テクノロジーをうまく活用した学習の具体的な事例を見る機会が増えています。GEはBrilliant Youという新しいオンラインラーニングの事例をATD Webcastで紹介しました(2017年1月、ATD会員のみ視聴可)。実は、カンファレンスでの発表を秘かに期待していたのですが発表されなかったので、ここでその一部をみておきましょう。
GEではデジタルラーニングという部署が2015年2QにBrilliant Youを立ち上げ、2016年3Qには11万人を超える従業員が利用しています。ターゲットはクロトンビルに行けないふつうの人たち、特に新興国のリーダーのようです。ちなみにGEの従業員数は世界で33万人、うち65%は米国以外の人です。
この学習プラットフォームの概要は下記のようなものです。この図表1はWebcast資料の内容を独自にまとめたもので、実際のGEの資料の中にはありません。予めご了承ください。
一言で言えば、ブログ、ビデオ、推薦図書、企業内Moocs、企業内モバイル学習アプリなど、自学自習の様々な学習コンテンツがとりそろっている「学びストア」のようなイメージです。GE版Moocsには7000人が修了した講座があるということなので、かなり業務密着型の内容が用意されているのでしょう。また、ブログやビデオなどは、Amazonのようにレビューを書いたり、推薦したりするので、この学習プラットフォームそのものがFacebookのようなコミュニティになっている感じだと思います。
今年のATDカンファレンスでは、SkiliticsのGlenn Bullが先端的なAdaptive Learningの事例を紹介しました。
ここで言うAdaptive LearningはGEのようなオンラインラーニングが前提です。特徴は受講者個人の知識・スキルレベルに合わせ、学習内容をパーソナライズすることです。具体的には、受講者がオンラインで学習している間にも理解度テストの正誤データや正解に対する自信の度合をどんどん更新し、受講者が次に学習するコンテンツを瞬時に調整するという感じです。
たとえば、理解度テストで自信満々で正解したものとまぐれで正解したものではコンテンツの理解度が違います。中には自信満々で間違えたもの、つまり正しく理解していないものもあるわけです。こうした受講者のデータを分析し、学ぶべきコンテンツをお勧めしてくれるのです。Amazonのお勧めの本が瞬時に出てくる感じでしょうか。
Adaptive LearningはこうしたData Drivenの設計が基本です。Bullさんは、この受講者の知識・スキルレベルを多面的に分析するための指標をよく考えていました。
実例として、看護師が採血の仕方を学習するe-ラーニング、機材が何もない部屋でVRのゴーグルをつけて放射線治療機器の照射の位置決めシミュレーションをする様子などを見せてくれました。どちらも楽しく学習できるつくりでした。
セッションの最後には、BullさんがAmazonのAlexaに受講者の学習効果についてかなり突っ込んだ質問を7つくらいたたみかけ、Alexaが即座に回答するというデモをみせてくれました。これからの効果測定はこうなるのかもしれません。
こうしたテクノロジーを利用した学習の具体的なイメージを知るためには、図表2のリストから気になる動画を3つくらい実際に見ていただくのがよいと思います。個人的には、下記の②マイクロソフト向けMoocs、④すき間時間で楽しく学ぶWebラーニングの例、⑤AmazonやFacebookのようなラーニングサイト例がお勧めです。
図表2 Aamazon化・Facebook化するL&D
① | GEの最新ラーニング・プラットフォーム事例:Brilliant You | NovoEd | ATD TV 60分 2017年1月 |
② | INSEADのマイクロソフト向け企業内Moocs | Intrepid | 動画 3分22秒 |
③ | Harvardの世界同時配信のオンラインMBA | HBX | 動画 3分10秒 |
④ | すき間時間で楽しく学ぶ現在のWebラーニング例 | Axonify | 動画 4分33秒 |
⑤ | AmazonやFacebookのようなラーニングサイト例 | Pathgater | 動画 1分40秒 |
Kevin J. Mulcahyは、ATDのセッション(SU202、ATD会員のみ視聴可)の中で、現在の構造的な変化として3つ――①従業員が仕事に期待することの変化、②テクノロジーが職場にもたらす変化、③職場で働く人の構成の変化――をあげました。
そして、著書のタイトルにあるように、今後エンゲージメントを高めるにはこうした構造的な変化の中で働く従業員のWorkplace Experienceに注目することが重要だと指摘しました。カスタマー・エクスペリエンス(CX)、ユーザー・エクスペリエンス(UX)が重要とよく言われますが、Workplace Experienceを平たく言うと「従業員が職場の仲間とともに働き、仕事を通じて学び、成長を感じる日々の職場での体験やテクノロジーを含めた充実した職場環境で働いている実感が大事」ということだと思います。
ここではWorkplace Experienceとあとから出てくるEmployee Experienceは同じ意味で使っています。
この本の中でも学習の先端事例としてGEのBrilliant Youをとりあげています。エンゲージメントということで言えば、自分が学びたいことを学びたいときにモバイルで学び、世界中にいる同じ会社の人と議論し、相互に啓発されること自体が心地よいと感じるというイメージが浮かんできます。こうした学びの先には、自分の目指すキャリアの開発があり、人事のパフォーマンスレビューなどの仕組みとも連動している、そんな職場環境で働くことでやる気になるという感じだと思います。
現在、企業経営の多くの側面でデジタル化が進行中ですが、L&Dで言えば「学びの Amazon化・Facebook化」が進んでいるのではないかと思います。
実はATDカンファレンスだけでは、採用や評価を含めたHR全体のデジタル化の大きなうねりは見えてきません。そこで、ATDのスピーカーがよく引用するJosh Bersinが毎年出しているPredictionsなど、HR全体の大きな変化やその中でのL&Dの位置づけがわかる情報を積極的にとりにいく必要があります。
Josh Bersinは、数年前ATDでパネルディスカッションのモデレーターをしていたのでフォローし始めたのですが、毎年HR関連の充実したレポートをDeloitteから出しています。特にお勧めは以下のレポートです。
③HR Technology Disruptions for 2017
④ Global Human Capital Trends 2017(日本語)
⑤Global Human Capital Trends 2016(日本語)
⑥ Future of Work & Human Capital Trends - Summer 2017(動画)
HRテックの最新の動向を知るには①~③がいいと思います。いずれもアジャイルな組織の構造、マネジメント哲学の変遷なども含めて語り、組織文化・エンゲージメント・パフォーマンスマネジメント・リーダーの育成・L&Dの革新など、主なHRテーマがわかりやすく解説されています。総論を知るには④⑤の日本語の資料が有益です。
上記のPredictions for 2016と2017でBersinが予想したトレンドを要約したのが図表3です。
眺めていると、デジタルHR、パフォーマンスマネジメントの見直し、リアルタイムフィードバック、先にふれた従業員の職場経験価値(Employee Experience)、HRアナリティクスなど、おなじみのキーワードが目に入ってくると思います。
L&Dに関連するのは、2016年の7番目、2017年の7番目・10番目です。原文を思い切って要約すれば、L&Dは経営の求めるデジタル革新のスピードについていけず、従業員が日々消費者として利用しているAmazon、Facebook、You Tubeのような感じで快適に学習できる環境の実現にも苦労しているというのがBersinの見方だと思います。
これはATDだけ見ていると出てこない視点だと思います。
日本ではソフトバンクがAIにエントリーシートを読み込ませて書類選考して話題になりましたが、上述Predictions for 2017の中ではビデオ面接の録画をAIに学習させて組織文化に合う人物を判定するという事例をはじめ、先進的なエピソードが多数紹介されています。
HR Technology Disruptions for 2017の資料には多くのHRテック関連のベンダーのリストがあるのですが、その中からごく一部をピックアップしたのが次の図表4です。これも具体的なイメージをつかむにはまずは関心のある動画や記事を実際に見ていただくのが早いと思います。
図表4 Aamazon化・Facebook化するHR
採用 | ① | ゲームで絞るUniliverの採用4ステップ | Pymetrics | Uniliver 記事 |
② | 採用でゲーミフィケーションを活用したPwC | ・・・ | Forbes 記事 | |
③ | LinkedInでスペックを満たす候補者にメール | 動画 5分48秒 | ||
評価 | ④ | モバイルアプリで周囲から自分のパフォーマンスについてフィードバックをもらうGEの仕組み | ・・・ | Slideshare 27/61, 16年 |
⑤ | IBMのミレニアルがつくったリアルタイムフィードバックの仕組みACE | ・・・ | Business Insider 記事 | |
⑥ | 目標連鎖が視覚化され、同僚からのフィードバックもわかりやすい | BetterWorks | 動画 1分5秒 | |
協働 | ⑦ | 横断的チームで働くときのコミュニケーションツール | Slack | 動画 2分36秒 |
Amazon化・Facebook化してきているのはHRも同じだと思います。たとえば、上記の④のスライドシェアの資料には、GEのモバイルアプリで周囲の人たちから自分のパフォーマンスについてフィードバックをもらう仕組みが紹介されています。まるでFacebookのやり取りのような感じの写真が出ています。
⑤のIBMのリアルタイムフィードバックの仕組みもモバイルベースで似たような感じです。IBMのミレニアル世代が世界規模で話し合って作ったというエピソードが紹介されています。
余談ですが、今年のATDのあるセッションでたまたま隣に座ったのがGEヘルスケアの人だったので、この話を質問してみると、iPhoneを取り出して実際にこのアプリの画面を見せてくれました。プロジェクトごとに同僚からフィードバックがあると言っていました。Googleの人にも聞いてみたところ、同じような同僚からのフィードバックをモバイルでやりとりする仕組みがあるということでした。
こうした同僚からのリアルタイムフィードバックは、年に1回の上司の評価のフィードバックよりタイムリーですし、そのうえ仕事内容をよく知っている人たちなので納得感が高く、育成的な内容が多く含まれているということです。確かにこうしたフィードバックの内容であれば、1年間分振り返るだけでも意味はありそうです。
GEのBrilliant Youのような学習プラットフォームは経営的にはどのようなメリットがあるのでしょうか?
ひとつは世界規模で1000人単位の受講者に特定の知識・スキルを伝え、習得してもらうよい手段と言えそうです。世界規模での展開スピード、受講者数の拡張性を考えれば、圧倒的に優れていると思います。
ふたつ目は、ミレニアル世代が代表的ですが、従業員の好みに合った学習の仕方になっているということでしょう。また、忙しい職場環境に自学自習を促進する上で適切な学び方、学びのリソースを提供していると思います。
日本でも今後は、子どものころからスタディアプリのような動画で学習してきた人が増えると、同じような学習環境が必須になるのではないでしょうか。
3つ目は、学習の進捗、学習の効果、受講者の学習ニーズ、人気のコンテンツなどがデジタルに、タイムリーに把握しやすいということです。アナリティクス指標をよく考えれば相当な分析が可能になると思います。
一方で課題は、学習プラットフォームの選択、導入費用、動画を中心とした学習コンテンツの設計・開発・更新、既存のLMSや学習コンテンツの統廃合、従業員の利用促進など、たくさんありそうです。こうした課題はATDのセッションテーマとしてここ2~3年確実に増えていると思います。
次の図表5はATD Competency Study 2013で取り上げていた人材開発関係者にとって「重要なトレンド」と「必要になること」です。改めて「重要なトレンド」をみると、これまでみてきたようにこの4年間でテクノロジーの活用は加速度的に進み、様々な試行錯誤の上に成功事例が出てきていると思います。
「人材開発関係者に必要になること」を改めてみるとどうでしょうか?みなさんの企業ではどのような議論が行われているのでしょうか?
かつてのつまらないeラーニングのイメージを早く捨てた方がよいでしょう。楽しく学べる学習コンテンツや学びを促進する仕掛けがどのようなものか、ぜひ動画やWebinarをチェックし、これからの人材開発部のあり方を議論しましょう。
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鹿野 尚登 (しかの ひさと)
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