パフォーマンス・コンサルティング

ASTD 2011報告-② アルコアの戦略人事(SBP)事例

2011.08.12

ASTD 2011のこのセッションは、Alcoa(以下アルコア、アルミニウム最大手)のHRが戦略人事に移行するのをExemplary Performance(以下、EP社)が支援しているという途中報告の事例でした。EP社は、ロビンソン夫妻がパフォーマンス・コンサルティングやStrategic Business Partner(以下SBP)にかかわる知的財産権を売却した会社です。プレゼンはこのEP社のNancy Q. Smithさんでした。

SBPを平たく言うと、事業ラインのマネジャーに対し、事業目標の達成を支援するために、HRの観点で人にかかわる施策をコンサルティングする社内コンサルタントのイメージです。

大雑把な言い方で恐縮ですが、パフォーマンス・コンサルティングという場合は学習部門向け、SBPというときはHR向けです。いずれも事業成果に貢献するという基本的なコンセプトは同じであり、GAPS!マップやリフレイミングなど、活用するモデルやスキルも同じです。

正確に聞きとれていないところが多々ありますので、概要としてご理解ください。また、わかりやすくするためにハンドアウトになかったことを一部補足したところがあります。

Alcoa HR Strategic Execution: Delivering Business Results

前半1/3ではSBPの基本的な概念をおさらいし、残りはアルコアの事例を解説していました。

アルコアはアルミニウムで世界1位の会社で、世界31カ国に展開し、従業員は5万9000人です。したがって、戦略人事がグローバルに実践できるように、HRのミッション、組織、仕事の進め方を変え、実践を担うSBPを育成しています。また、単に戦略人事を実践するために必要な知識やスキルを習得させるだけでなく、継続的にスキルを向上できるようにコーチング体制を築いています。さらに、現場での実践の知恵を深め、成功事例や質問を共有できるように、自社サイトにCOP(Community of Practice)を立ち上げています。

1.戦術レベルの成果から戦略レベルの成果を生むHRへ

 

まず、HRの戦術レベルのアプローチと戦略レベルのアプローチの違いを解説していました。

戦術レベルのアプローチの焦点は、HRが提供するソリューションそのものにあります。たとえば、「世界規模で新しい人事・人材開発の仕組みを導入することに成功した」というような言い方をするときで、焦点は「新しい人事・人材開発の仕組み」のような手段にあります。

一方、戦略レベルのアプローチの焦点は、事業成果、従業員の行動など、ソリューションを実施した結果にあります。たとえば、「世界各国で経営幹部の能力を高めてきた結果、アジア・南米市場での成長目標を達成した」というような言い方をするときで、焦点は事業成果にあり、ソリューションの目的にあります。

戦略レベルの成果(事業成果や従業員の行動の変化)を生むHRになるためには、まず、クライアントから相談されたときに、相談されている中身が戦略レベルの成果かどうか、見極めることが必要になります。

 

たとえば、クライアントが「新しい消費者市場に進出することになっているが、当社の強みが十分活かせない市場だ。この事業の売上目標、市場シェア目標は、かなり意欲的なものに決まった。人材が必ず適切に配置されるようにして、目標達成を推進しなくちゃいけない」と言っているとしましょう。

そこで、この話は戦略レベルの内容だと判断するわけです。そして、この事業目標や戦略について詳しく聞いていき、その事業成果の達成につながるソリューションを選択するためには、しっかりと現状分析する必要があることをクライアントに理解してもらうという感じです。

HRスタッフがこのような対応をして、事業ラインを支援していくためには、そのための組織体制や知識・スキルが必要になりますが、そこをEP社が支援したというわけです。

 

HRが戦略レベルで仕事をしているかどうかの判断基準は次のようなものです。

  • 事業ニーズ(事業目標)に直結することに取り組んでいる
  • クライアントの依頼を受けてからしばらくは、ソリューションの先入観を持たずに取り組んでいる
  • 中長期(1~5年)の成果に取り組んでいる
  • 複数のソリューションを組み合わせた施策に取り組んでいる
  • HRのコンサルタントと「本当のクライアント」が協力しながら、ソリューションを決定し、結果責任を共有している

 

戦略レベルのアプローチで大事なことは、事業目標と選択するソリューションの連動性です。これをもう少し具体的に言えば、次の4つの因果関係(①→④、④→①)が明確になっているということです。

①果たすべき事業成果(事業目標)
②事業目標を達成するための組織とヒューマンパフォーマンスの要件
③②の要件と現状のギャップの根本原因
④原因に対処するHR/学習/ODのソリューション

逆の言い方をすれば、戦略レベルのアプローチではこの因果関係が説明できるように現状分析をしっかり行ってから、ソリューションを選択するということです。

 

以上の内容は、拙訳『パフォーマンス・コンサルティングⅡ』の第1章、第8~9章にも出てきます。

ロビンソン夫妻は、戦略レベルの成果を生む人事部門に移行していくためには、部門のミッション、業務のプロセス、組織、従業員の4つを変えることが必要だと言っています。以下のアルコアの事例でもこの4つの観点で変革を進めていったようです。

拙訳『パフォーマンス・コンサルティング』(2007年)の「第4部 事業成果志向の人材開発部門に変わるためのヒント」では、初版当時(1995年)の内容ですが、伝統的な人材開発部門からどのように移行していくのか、具体的なステップや部門内での話し合いのツールが紹介されています。

 

戦略人事に関心のある方は、D.ウルリヒ『人事が生み出す会社の価値』(2008年、日経BP社)、ラルフ・クリステンセン『戦略人事マネジャー』(2008年、生産性出版)D.ウルリッチ『人事大変革』(2010年、生産性出版)なども参考になると思います。

 

2.アルコアでの戦略人事への移行事例

① 背景

 

アルコアの戦略人事への移行の背景には、3つのことがあったようです。
ひとつは、アルコアの戦略です。もともと高い業績志向があり、「事業収益の成長」、「実行力」、「強み(人材・技術力・顧客接点の強さなど)を活かす」を重視していたようです。ふたつ目は、HRのバリューサーベイの結果です。このサーベイでは、HRの顧客であるラインマネジャーがHRの貢献度を評価していますが、その結果が厳しかったようです。3つ目は、HRスタッフ自身に戦略人事へ変わりたいという思いがあったと言っていました。

 

② 戦略レベルの成果を生む人事に変わるための4つのポイント

 

戦略レベルの成果を生む人事に移行していくためには、HRの部門のミッション、業務のプロセス、組織、従業員の4つを変えることが必要だと言っています。この4つの観点についての余談ですが、ロビンソン夫妻はギアリ・ラムラーの3レベル(組織、業務のプロセス、従業員)を参考にしたと述べています。

 

まず、HR部門のミッションです。
一言で言えば、HRが戦略レベルの成果を生む部門だとわかるようにミッションの内容を変えようということです。そうすれば、ラインのマネジャーが相談してくる中身も変わっていくはずです。たとえば、採用とか育成など戦術レベルの成果を示す言葉を使わずに、「経営陣と協力して、適切な人材が適切なタイミングで、適切な職務に就いているという状態を確かなものとし、事業が求める成果を生み出すことに貢献する」といった感じです。

 

ふたつ目は、HR部門としての業務プロセス(仕事の進め方)です。
具体的には、エントリーフェーズ、現状分析フェーズ、ソリューション実行フェーズ、効果測定フェーズの4フェーズ、8ステップに則って仕事をするということです。ロビンソン夫妻は、このような部門としての業務プロセスを明確にしていないHRは多いと著書の中で指摘しています。ちなみに、『パフォーマンス・コンサルティングⅡ』では、このプロセスはHRや学習部門共通のプロセスであり、統合したタレントマネジメント部門の仕事の進め方だと言っています。

 

3つ目はHRで行う仕事の内容や組織体制です。
平たく言えば、HRのスタッフが成果レベルの仕事に取り組める環境をつくるということです。たとえば、事務処理レベル(管理手続き的な仕事)や戦術レベル(ソリューションの開発実行の仕事)の稼働を減らすために、電子化、アウトソーシング、シェアドサービス、COE(Center of Excellence)などの代替手段を利用し、効率化するという感じです。さらに、HRで戦略レベルの仕事に取り組む上で、人にかかわるすべての組織(HR、OD、学習部門など)の役割を明確にします。たとえば、クライアント支援、現状分析、契約交渉、成果報告などについて、どの組織が担当するのかを決めるということです。そして、HRの戦略レベルの成果をみる業績管理指標(重要職位者の社内充足率、後継者育成の充実度など)を設定し、運用していくという感じです。

アルコアのHRでは、2007年から2009年に以上のような業務や組織の見直しを行った結果、経費20%減、人員14%減、事務処理レベルの業務従事者32%減、従業員やマネジャーのセルフサービス化の進展などの成果があったようです。

HRの機能は、①ベストプラクティスを調査し施策や組織モデルを設計する機能、②ラインのマネジャーのニーズを把握し支援する(ビジネスパートナー)機能、③高品質なHRサービスを迅速に低価格で提供する機能、の3つに整理したようです。

 

4つ目はHRスタッフの役割を変え、能力を高めることです。
まずは、SBPや分析担当などHR部門内のスタッフの役割を明確にすることが必要です。そして、スタッフの何人かにSBPの責任を果たしてもらうことになります。もう少し言えば、日常的にクライアント(経営幹部)と接して信頼関係を築き、戦略レベルのプロジェクトを見つけ、クライアントが事業の戦略や方向性を決めるときにアドバイスするという役割の人を配置するのです。そのために、SBPを担当する人には必要な知識・スキルを習得してもらい、その役割を果たしていく上でサポート体制を築くことが必要になるわけです。

そこで、2010年、アルコアはSBPやパフォーマンス・コンサルタントを担当する人のために、3日のワークショップを実施(対象は世界の全地域=18カ国、全事業の代表者135人)しました。ワークショップでは、自社版のケースを作成したり、事業ラインから幹部30人を招き、事業目標の話し合いから戦略レベルのプロジェクトを見つけるロールプレイの相手役になってもらったりしたようです。

米国で参加した事業部の幹部の感想は次のようなものです。
「この戦略人事の研修を実施することで、HRのリーダーの役割は、HRと密接に関連する事業課題を正しく理解し、ラインと協力しあって業績を高めることにある、ということが浸透する。これはビジネスパートナーとしてのHR に期待していることと一致している」

世界に散らばるSBPの支援体制としては、ふたつのことを用意しています。ひとつは、19人のコーチです。実績や評判などコーチにふさわしい人を選抜した上で養成したそうです。もうひとつが社内サイトに立ち上げたCOP(Community of Practice)です。このCOPを通じて、コーチは世界で122人いる受講者をフォローしたり、また、SBP同士でベストプラクティスを共有したりするという仕組みです。受講者の約30%の人は成功体験をシェアしてくれたと言っていました。

 

ワークショップの効果測定としては、事業ラインの幹部(ワークショップ参加者の上司)40人にSBPの対応力を確認するサーベイを実施しています。「HRのビジネスパートナーの質問によって視野が広がったか」「HRのビジネスパートナーとの話し合いによって事業目標達成のために従業員が何をしなければならないかがよくわかったか」など、SBPの働きぶりをたずねています。このサーベイは6か月ごとに実施することになっています。

このようなワークショップ、コーチング、COPを有機的に組み合わせた取り組みは、2011~12年も引き続き行っていくようです。今年は対象者が100人程度いると言っていました。

 

アルコアは2007年ころから戦略人事への移行を着実に取り組んできたように見えますが、いくつかの課題に対し、手を打ちながら実行してきているようです。

たとえば、「迅速に実行する企業文化」のため、実際に戦略的なプロジェクトに取り組み、役員にその成果を示しているようです。また、SBPは「事業部の幹部から信頼を得たり、時間をとってもらったりする」ことが必要になりますが、クライアントがメリットを感じるように、事業計画と従業員のパフォーマンスや業績との関連性について焦点を絞って話し合っているようです。さらに、「SBPにはやるべき仕事はたくさんあり、どのように優先順位付けするのか」が問われますが、戦略レベルのアプローチのプロジェクトを最低でもひとつ実践することが義務づけられたようです。

その他にも「新しくつくった組織モデル(BBHR,COEなど)の機能をどうやって最大限に発揮するのか」「地域によっては事務処理レベルの業務が大量にある」といった課題を認識し、それぞれに手を打っています。

 

余談ですが、このワークショップの成功事例として、日系ブラジル人のAkabaneさんのコメントがビデオクリップで紹介されていました。「クライアントとの以前の会話は、ソリューションについて話し合うことが多かったが、このワークショップ以降は事業の課題について話してくれるようになった」という趣旨でした。

ブラジルは米・豪に次いで受講者が多く(15人)、この取り組みも進んでいるそうです。また、ロシアはシステム化が遅れているため、事務処理レベルの仕事が多くなっているということでした。

このセッションもノンネイティブの参加者が多く、質問も途切れずに続き、関心の高さが窺えました。また、SBPやパフォーマンス・コンサルティングの考え方は、こうして確実に世界に広がっていると改めて思いました。

 

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鹿野 尚登 (しかの ひさと)

1998年にパフォーマンス・コンサルティングに出会い、25年以上になります。
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