ATDコンピテンシー調査は2000年以降では3回実施されており、2019年のサンプル数は3000人を超える大規模なものでした。
厳密に言うと、各回の調査によって評価の仕方や評価対象とするコンピテンシーの範囲が異なり、同列に比較することはできませんが、大まかな傾向をみてみましょう。
2004年時点の「今後重要な専門的なケイパビリティ」では「パフォーマンス改善」=パフォーマンス・コンサルティングがトップで大注目されていました。
2013年の調査でも「パフォーマンス改善」は3番目に重要とされており、人材開発担当の重要な専門性のひとつとして認識されていることがわかります。
2019年には重要度は下がったように見えますが、実は「専門コンピテンシー」と「一般的な個人コンピテンシー」を同列に評価し始めた結果であり、専門コンピテンシーだけで見ると2013年と同じ結果です。
つまり、20年近くパフォーマンス・コンサルティングは人材開発担当の重要なコンピテンシーです。もう少し、基本的なスキルになっていることを示す事実をみていきましょう。
次に、AwardをとっているCLOたちはパフォーマンス・コンサルティングをどのように活用しているのかを見ておきましょう。
KPMGでは、図表2のように事業部の戦略立案時にTD(Talent &Development)部門のBP(ビジネスパートナー)が事業責任者の感じている「スキルギャップ」を確認することを定例化しています。
言い換えれば、パフォーマンス・コンサルティングが実践されているということです。
そして、明らかになったスキルギャップを採用で満たすのか、学習で満たすのか判断したうえで学習施策を立案し、この時点で予算化されます。
ここで注意したいのは、学習施策は事業戦略の一構成要素という位置づけになっていることです。さらに、年度末には学習部門の事業への貢献度がしっかりと評価されるという厳しいサイクルになっていることも注目に値します。
こうしたAwardを受賞しているCLOたちのパフォーマンス・コンサルティング実践事例は下記の2冊に数多く紹介されています。
下記2021年の本は150ページ程度で読みやすく参考になる事例ばかりなのですが、多くのCLOがパフォーマンス・コンサルティングは「基本スキル」と言っていますので、ぜひご一読いただければと思います。
次に、研修設計・研修転移・効果測定の実務どのように組み込まれているのかを確認しておきましょう。
「パフォーマンス・コンサルティング」の考え方の特徴は大きく言ってふたつあります。
ひとつ目はニーズ把握の段階で、研修の御用聞きにならず、「事業が求めている成果の改善と研修がどのように結びつくのかを明確にする」ことです。ふたつ目は「単発の研修だけでなく職場環境への打ち手をセットで提案する」ということです。
図表3はOK-LCDという学習設計手法(2020)のフローを独断で簡略化したものです。
最初は、「戦略連動パフォーマンス目標」の設定で始まります。これは、ニーズ把握の段階で事業戦略で定めたKPIの改善に必要な実務行動を明らかにし、それを学習目標にするということです。
そして、学習者のペルソナを複数設定し、学習者のセグメントごとに適切な学習経験を練っていきます。
学習クラスターでは、対面クラスやeラーニングに加えて、職場での上司のコーチングや同僚同士で相互アドバイスなど、さまざまな学びを含めて設計します。つまり、学習したことの転移を促す「職場環境への打ち手」を最初から設計するわけです。
というように、OK-LCDではパフォーマンス・コンサルティングの2つの特徴が設計プロセスにしっかり組み込まれています。
図表4は、今や研修転移の教科書6Ds(6 Disciplines)の概要を独自にまとめたものです。
6Dsの最大の特徴は、「研修が終わった時点が終了ではなく、職場で受講者の実務行動と成果が改善された時点が終了」という、「フィニッシュライン」の設定です。
最初は「D1:Define」ですが、ここでもスタートは「事業と研修の連動」です。注目すべきは「D4:Drive」と「D5:Deploy」です。
「D4:Drive」は、上司に「部下との面談ガイド」などのツールを与えつつ、「学習転移」の責任を自覚してもらい、「転移を促進する人の動機づけ」の工程です。
「D5:Deploy」は研修の実施前に開発した受講者や上司向けのジョブエイドやパフォーマンスサポートなど、研修転移のツールや仕掛けを職場で展開する工程です。
6Dsでも、パフォーマンス・コンサルティングの2つの特徴が組み込まれていることがわかると思います。
図表5は、研修効果測定「カークパトリックの新4レベル」の流れを独自にまとめたものです。
これはもともと研修効果測定のモデルですが、このモデルもパフォーマンス・コンサルティングの2つの特徴が組み込まれています。
読者には意外かもしれませんが、図表5のように研修実施前のBeforeで「レベル3(行動)・レベル4(成果)の指標は何か?」を先に決めるところから効果測定は始まります。
つまり、「事業が求めるKPIの改善~職場での重要行動の改善~学習する内容」の連動性を上流で明確にするということです。
さらに、「研修成果が出ないと研修効果測定はできない」ので、Beforeの段階で「職場実践の促進要因・阻害要因」を明らかにし、対策を先に練っておくというわけです。
研修を実施した後は、事前に決めたレベル3の重要行動を促し、レベル4の先行指標がどのように変化するのかをモニタリングしていきます。
ご覧のとおり、カークパトリックの新4レベルでも、パフォーマンス・コンサルティングの2つの特徴が組み込まれていることがわかると思います。
次に、1995年、2008年、2015年と3版の違いを少し整理してみましょう。
1995年初版
2008年第2版
2015年第3版
最新の第3版は、『パフォーマンス・コンサルティング-人と組織にアプローチする戦略的なプロセスにより、組織業績を高め、効果を測定し、持続させる』という感じです。
第2版がベースになっていますが、パフォーマンス・コンサルティングの定義、プロセス、主要なモデルなどが微修正されており、実践事例がほぼ一新されました。
この実践事例については、1995年の初版からロビンソン夫妻と親交のあるHandshawさんが実際に取り組んだ事例を非常にわかりやすくまとめています。
構成は最初に基本モデルを紹介し、その後は4フェーズ9ステップの実践プロセスにそって時系列に解説する形となっています。
大雑把に言えば、前半2/3がパフォーマンス・コンサルティング、後半1/3がROIの内容です。つまり、第2版まではパフォーマンス現状分析中心の内容でしたが、第3版はパフォーマンス・コンサルティングのきっかけをつかむところからソリューション実施後の効果測定までを一冊にまとめたと言えるでしょう。
第2版の読者がこの第3版を読まれると、「パフォーマンス現状分析がコンパクトにまとまり、すっきりした」「モデルが微修正されて、HRやODの関係者にも使いやすくなった」「実践事例が一新され、より具体的なイメージが湧くようになった」「ROIを代表とする効果測定はパフォーマンス現状分析から始まると再認識した」といった感想をもたれるような気がします。
パフォーマンス・コンサルティングⅡ
研修効果にこだわる人事・人材開発スタッフには、おすすめの一冊。人材開発部のビジネス志向を高めるための具体的なフレームを整理した本です。
人材開発の上流で役立つ情報が満載です。
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フォーマンス・コンサルティングの考え方が浸透するにつれ、その概念も広がっています。ASTDではHPI(Human Performance Improvement)と言ったり、ISPIは古くからHPT(Human Performance Technology)と言っていたりするので、ややマニアックになりますが、少し整理しましょう。
時系列で見れば、「ISPIのHPT」→「ロビンソン夫妻のパフォーマンス・コンサルティング」→「ASTDのHPI」という流れのようです。
ISPI 1992年
1995年
ASTD 1999年
ISPIはHPTの研究と実践で有名なアカデミックな団体です。HPTの基本原理やモデルを開発したグル達は、このISPI(当時はNSPI)で多くの論文や著作を発表していますが、それらがパフォーマンス・コンサルティングとHPIの基盤となっています。
ISPIはHandbook of Human Performance Technologyを1992年に初版、1999年に第2版、2006年に第3版を出しており、2002年頃にHPTの原則を定義しています。ISPIではPerformance Technologyという用語は使いますが、これらのハンドブックのIndex にPIやHPIという用語はなく、ほとんど使わないようです。
ASTDのThe ASTD Training & Development Handbook(1995)第18章では、Marc RosenbergがHPTを解説しています。そして、同書のIndexではPI (Performance Improvement)という用語はありますが、HPIはありません。The ASTD Handbook of Training Design and Delivery(1999)でもIndexにHPIという用語は出てきませんが、26章“Leveraging Technology for Human Performance Improvement”の中でHPIのコアテクノロジーとしてHPTを紹介しています。
初版のPerformance Consultingが出版されたのが1995年ですが、ISPI・ASTDとも上記の1999年版のハンドブックでとりあげ、IndexにPerformance Consultingという用語を掲載しています。
同じく1999年に、ASTDはASTD Models for Human Performance Improvement (second edtion)を出しています。この本は、ASTD Expert Panel(1995~1999年)がHRDの専門家に必要な役割やコンピテンシーを調査研究し、まとめたものです。同書のHPIの定義の部分で、HPIはHuman Performance Enhancement、 Human Performance Engineering、 Human Performance Consultingと同義と言える、と述べています(P3)。最後の用語解説では、HPIとHPTそれぞれに対し、短い説明があります。
余談ですが、この本の「今後のトレンド」の部分では、「伝統的なトレーニングからパフォーマンスへのシフトが起きている」という趣旨の解説があり、1999年当時の雰囲気が少しわかります。このExpert Panelには『パフォーマンス・コンサルティング』の著者のひとり、ジェームス・C・ロビンソンの名前があります。
瑣末な補足ですが、上記でふれた1999年のASTDのExpert PanelにはISPIの重鎮だった人も名を連ねており、相互の団体が行き来をしながら発展させてきたことが覗えます。
ASTDが2008年に出版したハンドブックでは、このあたりの経緯を明確にしています。(Joe Willmoe, The Evolution of Human Performance Improvement, 2008. ASTD Handbook for Workplace Learning Professional, ASTD)。Joe Willmore氏のWebサイトでもほぼ同じ内容の論文が読めます。
この論文を思い切って要約すると、以下のような発展をしてきたと言えそうです。
1978年(写真は復刻版)
G. Rummler 1995年
ASTD 2008年
HPTの勃興期: | 1950~ 1960年代前半 | ギルバート、ラムラーなどの研究が始まった。 |
HPTの確立期: | 1960年代半~ | ギルバートとラムラーのコンサルティング活動、メイガーの著作などを通じ、HPTの基本原理が確立される。 |
HPTの発展期: | 1970年代半~ | ギルバート、ラムラー、ハーレス、そしてロビンソン夫妻の主要著作が出版される。 |
Performance | 1990年代半~ | ISPIはCPT、ASTDはCPLPの資格認定を始める。ISPI ・ASTDともに関連するワークショップを開始。 |
ウィルモア氏は、HPTの発展期(1970年代半~1990年代半)の4者の著作や記事によりHPTがひとつの領域として認知され、ロビンソン夫妻の『パフォーマンス・コンサルティング』により、パフォーマンス・コンサルタントと名乗る人が増えたと述べています。
そして、1990年代後半、ASTDはこの領域をHPIと言った方が潜在的なクライアントである経営幹部にはわかりやすいと判断し、HPIと言い始めたと述べています。つまり、HPIはASTDがコンセプトの普及を考えて、HPT、パフォーマンス・コンサルティングの領域を言い変えたのが始まりのようです。詳しいことはわかりませんが、グローバル化を始め、高まる業績圧力など、様々な構造的な変化が背景にあったと思われます。
ちなみに、ロビンソン夫妻は、著書の中でパフォーマンス・コンサルティング、HPT、HPI、Human Performance Enhancement、Performance Engineeringは同じ領域のものだと認めています(Performance Consulting 2008、拙訳『パフォーマンス・コンサルティングⅡ』、P17)。
以下は私見です。
2000年以降、ISPIは脈々と続くHPTを再定義し、資格認定をASTDより先に始め、ハンドブックの出版をするなど、従来通りHPTにかかわる活動を続けています。ロビンソン夫妻も2000年以降で3冊の本を出版し、パフォーマンス・コンサルティングを進化させ、HRやODの専門家にも活用されるようになりました。ASTDはHPIという名前で独自のプロセスモデルや分析ツールを発表し、資格認定やワークショップを始めました。ということで、HPTを源流とする大きなパフォーマンスの流れの中には、よくみると複数の流れがあるように思います。
HPIもパフォーマンス・コンサルティングも遡ればギルバートやラムラーなどHPTのグルたちに辿りつくので、基本的な考え方は同じです。とはいえ、そこで終わるとどこが同じで、どこが違うのかわかりませんので、わかる範囲で整理してみました。HPIについては、具体的な分析モデルやツールを詳しく解説した書籍がまだなく、限られた情報しかありません。正確さを期すれば、ASTDのワークショップに参加した上でコメントすべきだと思いますが、そこまではできていません。その意味で、以下の比較は今わかる情報に基づいた暫定的なものです。予めご容赦ください。
2002年
Joe Willmore 2004年
第2版 2008年
<参考>
Handbook of Human Performance Technology 1992、1999、2006
Performance Consulting second edition 2008
(邦題『パフォーマンス・コンサルティングⅡ』2010年)
HPI Essential 2002
Performance Basics 2004(邦題 『HPIの基本』2011年)
微妙な違いは、分析プロセスの括り方やモデルの要素にあると思います。HPIでも『パフォーマンス・コンサルティングⅡ』のように、具体的な分析モデル、プロセス、分析ツール、原因分析、ソリューションの選択、インタビューのコツなどを一冊にまとめた本が出てくれば、もう少し見えてくるような気がします。
以上をまとめると、最近ではASTDのように比較的広義な意味合いで「パフォーマンス・コンサルティング」「HPI」を使うことが多くなっていると言えそうです。それだけ浸透してきたということですが、人によってイメージしている「パフォーマンス・コンサルティング」のプロセスや分析モデルが違うことも考えられるので、少し確認した方がよいかもしれません。
パフォーマンス・コンサルティングⅡ
研修効果にこだわる人事・人材開発スタッフには、おすすめの一冊。人材開発部のビジネス志向を高めるための具体的なフレームを整理した本です。
人材開発の上流で役立つ情報が満載です。
鹿野 尚登 (しかの ひさと)
1998年にパフォーマンス・コンサルティングに出会い、25年以上になります。
パフォーマンス・コンサルティングは、日本企業の人事・人材開発のみなさまに必ずお役に立つと確信しています。
代表者プロフィール
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