2014.10.30
●まとめ
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Dick HandshawのM103 ”Training that Delvers Results”というセッションに参加しました。結論は、「研修の御用聞きになるのはやめて、業績向上につながるトレーニングを開発しよう。そのためには、同氏が独自に開発したパフォーマンス・コンサルティングとインストラクショナルデザインの要素を一本化したモデル(Handshaw Model)を活用しよう」ということです。
このHandshawモデルには11のステップがあるのですが、意味的に思い切って要約すると、大きな流れは次のようになると思います。
この流れをみて勘のよい方はおわかりだと思いますが、①事業目標とパフォーマンスのギャップの明確化のところでパフォーマンス・コンサルティングのノウハウを活用しています。そして、残りの②~⑤の部分はインストラクショナルザイン(以下ID)のADDIEを少しアレンジしています。
このモデルの要素一つひとつに目新しさはありませんが、パフォーマンス・コンサルティングとIDの要素を一本化し、インストラクター主体の研修開発にも自学自習型のeラーニングの開発にも使えるようにしたところに新しさがあります。
当日のセッションではそのエッセンスを解説していましたが、1時間強ではよくわからなかったので上記の本を読んでみました。ノンネイティブにはうれしいやさしい英語で書かれており、人材開発担当者にお勧めの一冊です。それでは、もう少し細かく見ていきましょう。
Handshawさんはクライアントがトレーニングを要求してきたときに、「わかりました。いつごろ、何人で実施しましょうか?」といったトレーニングの御用聞きになってはいけないと言っています。大事なことはその要求の背景にあるクライアントが気にしている業績(事業ニーズ)や従業員のこと(パフォーマンスニーズや能力ニーズ)を把握することであり、そのためにロビンソン夫妻が提唱しているリフレイミングやニーズの階層構造をうまく活用しようと言っています。
クライアントが気にしていることがわかったところで、さらにパフォーマンスニーズや職場環境ニーズなどを具体的に把握するために現場インタビューを行います。そして、わかったことをGaps Mapのフレームで整理し、クライアントと関係者(HRやトレーニング部門の上司など)と議論することで、この4つのニーズについて認識をそろえていきます。本の第3章ではある地方銀行の事例が解説されていますが、非常にリアルで人材開発担当者の実践イメージが湧いてきます。
こうしたパフォーマンス・コンサルティングのノウハウを応用することで、事業と職場の全体像がはっきりしてきます。
やや微細なことに入りますが、ロビンソン夫妻が主張しているパフォーマンス・コンサルティングとの違いを一言で言えば、Handshawさんは最初からソリューションをトレーニングやジョブエイド(パフォーマンスサポート)に絞っているということです。
余談ですが、Handshawさんは1995年の“Performance Consulting”の初版が出たときからロビンソン夫妻と親交があり、パフォーマンス・コンサルティングのツールやモデルを多くのプロジェクトで実際に使ってきたそうです。Handshawさんは金融関係の仕事が多く、本の中では銀行だけで60行くらい支援してきたと述べています。2015年にはロビンソン夫妻やROIで有名なフィリップス夫妻と一緒に“Performance Consulting”の第3版を出版することになっているそうです。
クライアントのトレーニングの要求の背景全体が明らかになれば、トレーニングで解決すべきこと、その焦点も明確になります。したがって、次に必要なことはトレーニングで学んだことが職場で実務に活用されるように設計開発することです。HandshawさんはIDのADDIEプロセスを少しアレンジして8ステップでトレーニングを設計開発することを提案しています。
Handshawさんが特に強調していることはふたつあります。
ひとつは分析フェーズでタスク分析を必ず行うこと、そして、設計フェーズで学習目標をパフォーマンス目標で設定することです。
タスク分析を平たく言うと、事業目標達成に重要な仕事の流れ、それぞれに必要な実務行動(パフォーマンス)、その実務行動に必要な知識・スキルなどを細かく整理するということです。
トレーニングの目標は事業目標達成につながる実務行動(パフォーマンス)を発揮できるようになることなので、各学習モジュールの設計ではこのパフォーマンスを学習目標にするというわけです。たとえば、銀行の窓口業務にあてはめると以下のような感じです。
上記のような学習目標を設定したとすると、研修中にロールプレイをすれば実際にどのレベルでできるのかすぐにわかります。また、受講者が職場で本当に実践できているかどうか、上司も見ればすぐにわかるというわけです。
最後に、利害関係者の合意を得ながらプロトタイプで検証してから開発することですが、これは講師中心の研修だけでなく、eラーニングやmラーニングの開発をするという前提があります。eラーニングやmラーニングは一度に数千人の学習ができるツールとして今後も重要なソリューションであり、すでにそういう観点で活用されているようです。
以上のようなIDの言葉や考え方を初めて聞くという方は、以下の文献でIDの基本を学ぶことをお勧めします。米国大手企業の人材開発ではIDがベースにあり、修士卒が標準的な人材スペックのようです。IDの基本的な考え方や用語は早めに理解しておいた方がよいと思います。
ASTDのセッションでは、どのような属性の人が参加しているかを確認するため、最初に聴衆に挙手してもらうことがよくあります。Handshawさんも冒頭にこれをやりました。このセッションの参加者は200名くらいだったと思いますが、ほとんどがインストラクショナルデザイナーで、パフォーマンスコンサルタントは4~5人程度でした。
Handshawさんはワークショップなどで「タスク分析をやっている人は?」「パフォーマンス目標を設定している人は?」といつも質問しているそうです。今回もこの質問をしましたが、ほとんど手が挙がりませんでした。そこで、すかさず参加者から次のような意見が出ました。「医者は患者の症状を問診して薬を出します。われわれはインストラクショナルデザイナーなのでトレーニングを設計開発して、提供します。クライアントはこれを当然だと考えています。したがって、10週間後からエンジニア向けに○○研修をやってほしいと言われるわけです。しかし、そうなれば、とてもタスク分析などやっている時間はありません」。
一人が口火を切ると同じような悩みを抱えた人が次々に同じような質問というかコメントをしていました。彼らの反応を見ていると、米国の大手企業では限られた予算の中でトレーニング開発のスピードと効果を強く要求されており、Handshawさんが言っているようなアプローチをやりたくてもやれない現実があり、そこに大きな葛藤があるような気がしました。
トレーニングの開発に入る前にパフォーマンス・コンサルティングのノウハウを活用することを勧めた言葉として次のような一文が印象に残りました。
また、先の参加者の悩みにも通じるところですが、Handshawさんは“do more with less”という今の経営の風潮に対してはっきりと異論を唱えているところも印象的でした。
他にもeラーニングやソーシャルな学びの文脈で”Teachable Moment”, “Social Presence”という考え方があることも新鮮でした。
日本企業の人材開発担当者は、自ら研修のコンテンツやテストまで設計開発するという役割はあまり多くないので、少し遠い感じがしたかもしれません。とはいえ、みなさまの実務に少しでもお役に立てば幸いです。
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鹿野 尚登 (しかの ひさと)
1998年にパフォーマンス・コンサルティングに出会い、25年以上になります。
パフォーマンス・コンサルティングは、日本企業の人事・人材開発のみなさまに必ずお役に立つと確信しています。
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