パフォーマンス・コンサルティング

ATD 2019 ケイパビリティモデル-これからの人材開発担当

2020.0316

まとめ

ATD 2019コンピテンシーは2013年版モデルを全面的に刷新した。モデルそのものというより、前提としている重要な環境変化、TD(Talent Development、以下TD)部門・スタッフの役割の変化などに注目して見ると、非常に興味深い。

  1. モデルそのものはどう変わったのか?
    →2004年版から続いていた「基盤+専門コンピテンシー」という構造をやめ、①個人能力、➁専門能力、③組織への貢献能力の3領域23ケイパビリティに整理した。
  2. 今後3~5年の重要な環境変化のトレンドをどのように見たのか?
    →ユビキタスな情報環境、AIの活用・自動化、グローバル経済、非正規雇用比率の増加などがさらに進み、その変化は速く大きい。
  3. 「TD部門」の役割は2013年からどのように変わったのか?
    →TD部門は「個人と組織」のパフォーマンス、能力、成長を支援する。採用からリテンションまでと、TDの目的・スコープが拡大。従業員個人のパフォーマンス改善や職務に必要なコンピテンシー開発などに加え、オンボーディングやリテンション、組織文化など、組織成果への貢献が求められるようになっている。
  4. 「TDスタッフ」の役割は2013年からどのように変わったのか?
    →ビジネスパートナー(BP)や学習の設計・実施の役割は変わらないが、より戦略性が問われている。自社の競争優位や戦略を踏まえ、個人と組織のニーズを予想し診断したり、従業員が自分のポテンシャルを発揮できるように、学習環境を整備したりすることが期待されている。また、テクノロジーを目利きし、使いこなすことが加わっている。
  5. 今後3~5年の重要なコンピテンシーの内容はどのように変わったのか?
    →前回までと評価の仕方を変えたことにより、基本的な個人能力の「コミュニケーション、生涯学習、EIと意思決定」などが上位に入った。また、専門能力としては、前回同様に「インストラクショナルデザイン、研修デリバリ、パフォーマンス改善」が、さらに組織への貢献能力の「コンサルティング・パートナリング」が上位に入った。ただし、今回はATDのThought Leadershipだけの集計結果は開示されておらず、知見が深いグルたちの見方はわからない。

今回のモデルは各国・各社の状況に合わせてカスタマイズすることを前提にしている。ぜひ、各社の人材開発部内で議論してみよう。

6年ぶりにATDコンピテンシー調査が実施されました。1978年から9回目のコンピテンシー調査です。2013年版から全面刷新されて単純比較はできませんので、以下の5つの視点で概要をみていきましょう

1.モデルそのものはどう変わったのか?
2.今後3~5年の重要な環境変化のトレンドをどのように見たのか?
3.「TD部門」の役割は2013年からどのように変わったのか?
4.「TDスタッフ」の役割は2013年からどのように変わったのか?
5.今後3~5年の重要なコンピテンシーの内容はどのように変わったのか?

2013年版

2019年版

1.モデルそのものはどう変わったのか?

ATDコンピテンシー調査は2000年以降では3回実施されており、それぞれ下記のような母集団、モデルの構造になっています。図表1のとおり、今回のサンプル数は3000人を超える大規模なものでした。

尚、以下の図表1~11は筆者が原書や他の文献を参考にして独自に作成したものです。原書の本文中にはありませんので、予めご了承ください。

図表1.ATDコンピテンシー調査概要比較(2004年以降のみ)

今回のモデルでは、2004年、2013年のモデルで続けていた「基盤+専門コンピテンシー」という構造をやめるなど、全面的に変わりました

たとえば、「コンピテンシー」では未来的な能力の語感が弱いので「ケイパビリティ」としたり、「未来に対する備え」というケイパビリティを入れたりして「未来志向」を強調しています。また、国や組織の固有の文化や価値観によって理解がばらつきやすい「態度」要素を除き、「知識・スキル」要素に絞っています。さらに、今後の変化のスピードを考慮して、状況に合わせてケイパビリティモデルの中身を更新しやすくしています。

とにかく、このコンピテンシー調査報告書を読んでいると、「新しい時代の変化に合わせ、ゼロからすべて作り直す」という強い意気込みを感じました

それでは、具体的なケイパビリティをみていきましょう。

今回は図表2のような個人能力、専門能力、組織への貢献能力の3領域23ケイパビリティになっています。一見すると複雑になった印象ですが、一領域ごとにみると7~8つのケイパビリティで構成されています。

図表2.ATD 2019コンピテンシー調査の3領域23ケイパビリティ

2019年版

新しさを感じるのは、「個人能力-7.生涯学習」、「専門能力-1.学習理論」、「組織への貢献能力-1.ビジネスインサイト、2.コンサルティング・パートナリング、7.データとアナリティクス、8.未来に対する備え」、といったところです。

各ケイパビリティは以下のようなスキル・知識項目で定義されており、全部合わせると約190項目あります。ケイパビリティによってその数は異なり、4~16項目と幅があります。

「生涯学習」の例
自己啓発をして新しい専門知識を得る(例:カンファレンスの参加、文献を読み業界動向を知る)スキル

「未来に対する備え」の例
新興の学習テクノロジーや学習支援システム(例:協調学習ソフト、LMS、編集ツールなど)の知識

ちなみに「組織への貢献能力-4.タレント戦略・マネジメント」のケイパビリティの知識・スキル項目は最も多く、16項目あります。さらに詳しい情報がほしい方は、ぜひ原書をあたっていただければと思います。また、ATD 2019ケイパビリティモデルのサイトで、具体的な知識・スキルの項目がわかると思います。

ATD 2019 Capability Model
https://tdcapability.org/#/
https://www.td.org/capability-model

ATD会員になって上記のサイトでセルフアセスメントすると、おすすめのリソースをレコメンドしてもらえるようです。

ひとつひとつのケイパビリティを詳しく学びたい人向けには、TDBoKが用意されています。

TDBoK
https://www.td.org/tdbok

SHRMのモデルが気になる方は以下のサイトを確認してみてください。

BODY OF COMPETENCY & KNOWLEDGE

2.今後3~5年の重要な環境変化のトレンドをどのように見たのか?

それではこうしたケイパビリティが必要だという根拠はどこから来たのでしょうか?

実は、毎回のコンピテンシー調査では、文献調査だけでなく、TDの知見の深いThought Leadership(著名な有識者)へのインタビュー、専門家のアドバイザーパネルの議論が行われています。そして、人材開発に大きな影響を与えるトレンドをピックアップしています。

今回は図表3のような動向が浮かび上がったようです。

図表3.主要な環境変化のトレンド

前回までは「人材開発関係者にとって重要な環境変化のトレンド」が8項目くらいに整理されていたのですが、今回はありませんでした。

他にも調査はいろいろとありますが、重要な環境変化をざっくりと言うと、ユビキタスな情報環境、AIの活用・自動化、グローバル経済、非正規雇用の活用などがさらに進み、その変化は速く大きいといったところです。

少しHR視点を補足するため、図表4でDeloitteの2019ヒューマンキャピタルトレンドもあわせてみてみましょう。労働力、組織という観点から今後の変化がより具体的にイメージできると思います

図表4.HR視点での主要な環境変化

Deloitteグローバル・ヒューマン・キャピタル・トレンド 2019

さまざまな調査があるので、あげ始めるときりがありませんが、以下のことはほぼ共通していると思います。

  • 貴重な人材の需要は強く、不足する
  • 業務スピードは加速し、期待成果や業務の複雑さは高まる
  • 従業員長く勤めず、キャリアを築くというより、踏み台として次のよい仕事を求める
  • ビジネスモデルの変化や新しい技術に対応するために、企業は自己革新を続ける
  • テクノロジーは、仕事の仕方、経営者の要件、競争優位の築き方を変えていく

以上のようなトレンドを踏まえて、TDスタッフに必要なさまざまな知識・スキルを検討し整理したのが先の図表2の「3領域23ケイパビリティ」です。ここでもう一度図表2を見ると、「組織への貢献能力」の項目がこうした環境変化をよく反映していると思います。

3.TD部門の役割は2013年からどのように変わったのか?

環境変化の影響に加えて、もうひとつATD自らの変化があったことも忘れてはいけません。旧ASTD(American Society for Training & Development)がATD(Association for Talent Development)に名称を変えたのは2014年でした。

今回の報告書では「TD(Talent Development)とは個人と組織のパフォーマンス、能力、成長を促すための採用からリテンションまでの包括的な取り組み」と定義しています。つまり、Training & Developmentという時代から「採用からリテンションまで」と、TDの目的・スコープは拡大しました。

とはいえ、TDのスコープの定義はさまざまで、ATDのように「TDに採用を含める」という人もいれば、「TDには採用は入らない」という人や「L&D<TD<Talent Management<HR」というイメージで定義する人もいます。

狭義には「TDは学習と人材育成を促すことで組織のパフォーマンス、生産性、成果を向上させる取り組み」という味合いで使われることが多いと思います。

というわけで、従業員個人のパフォーマンス改善や職務に関連したコンピテンシー開発などに加え、オンボーディングやリテンション、組織文化形成など、組織成果への貢献が求められるようになっているのです。

図表5はTDの役割が拡大してきた大きな流れをまとめたものです。

図表5.TD部門の役割の変化

少し補足すると、2000年前後から「職場の学習とパフォーマンス」、特に「パフォーマンス」が強調されてきました。また、2004年、2013年のコンピテンシー調査では「人材育成と自社の戦略の連動」が叫ばれてきたと思います。2013年から学習テクノロジーが徐々に大きくなり、現在は学習理論や学習スピードなどが加わってきています。

また、今回の調査のアドバイザリー・パネルのひとり、John Conéは次のようなことが今後TD部門に求められていると指摘しています(TD magazine, February 2020)。

図表6.今後TD部門に求められるもの

詳しくは下記TDマガジンの記事をご覧ください。上記の内容の原型は、2013年のASTDカンファレンスでConéが発表したCLOについてのセッションに含まれていると思います。John Conéはおもしろいので、おすすめです。また、HRBPの提唱者であるDavid Ulrichがデジタル時代のHRBPについて語っている動画も参考になると思います。

A Very Different Model, John Coné, TD magazine, February 2020
 

ASTD 2013報告②-これからの人材開発責任者(CLO)に求められる役割
 

Dave Ulrich Explains The Role of The HR Business Partner ㏌ A Digital Age
 

さらに、Qualcommの元CLO、Tamar Elkeles他による次の2冊を読み比べると、L&D(Learning and Development)からTD(Talent Development)への流れがよくわかると思います。

4.TDスタッフの役割は2013年からどのように変わったのか?

それでは、TDスタッフの役割はどのように変わったのでしょうか?

図表1に戻ってみると、2004年版では、「①学習ストラテジスト、➁ビジネスパートナー、③プロジェクトマネジャー、④特定分野の専門家」の4つの役割をあげていました。しかし、個人の固定的な役割は機能横断チームやプロジェクトで仕事をする時代にはそぐわないので、2013年版以降、こうした役割規定をやめており、今回もありません。

とはいえ、報告書の中では戦略ビジネスパートナーの役割が今まで以上に求められていることを何度も強調しています。図表7のように、「自社の競争優位や戦略を常に考え、①個人と組織のニーズを予想し診断する、➁従業員が自分のポテンシャルを発揮できるように、学習環境を整備することが重要」という表現が2~3度繰り返し出てきます。つまり、TDスタッフに「より戦略スタッフ的要素が問われるようになってきた」と言えると思います。

図表7.TDスタッフに求められるもの-1

また、従来から言われてきた学習の設計・実施やビジネスパートナーの役割に、テクノロジーを目利きし、使いこなすイメージも加わったと思います。

こうした大きな潮流を受けて、報告書ではTDスタッフには図表8のようなことが必要だと指摘しています。

図表8.TDスタッフに求められるもの-2

5.今後3~5年の重要なコンピテンシーの内容はどのように変わったのか?

最後に、今後3~5年の重要なコンピテンシーの内容はどのように変わったのかを見ておきましょう。

図表9のように、「今後重要なコンピテンシー」は少しずつ変化しています。

図表9.今後重要なコンピテンシー上位7項目

実は今回の「今後重要なコンピテンシー」の評価の仕方が大きく2点変わりました。ひとつは、前回まで「今後重要な専門コンピテンシー10項目」だけを評価していたのですが、今回は基盤コンピテンシーとされてきたものも含めて「23ケイパビリティを同列に評価」したことです。もうひとつは、5段階評価から4段階評価に変えたことです。

その結果、図表10のように基本的な個人能力「コミュニケーション、生涯学習、EIと意思決定」が上位7項目に新しく入りました。専門能力としては、「インストラクショナルデザイン、研修デリバリとファシリテーション、パフォーマンス改善」が前回同様に入り、組織への貢献能力の「コンサルティング・パートナリング」も新しく加わりました。

図表10.2019 今後重要なケイパビリティ上位7項目(3.35以上)

一見すると常識的な結果にみえるので、各ケイパビリティの具体的な知識・スキル項目でもう少し細かくみてみましょう。

まず、個人能力の「コミュニケーション」のケイパビリティでは「アクティブリスニング、わかりやすく簡潔に説得力をもって伝える、価値を明確に伝えて関係者から合意・支持・納得を得る」といったBP・トレーナー・コーチに必要なスキル項目が上位にあがっています。

「生涯学習」のケイパビリティでは「自己啓発をして新しい専門知識を得る(例:カンファレンスの参加、文献を読み業界動向を知る)」、「EIと意思決定」では「代替解決策や問題解決方法の強み・弱みを論理的に考える」などのスキル項目が上位にあがっています。

専門能力「インストラクショナルデザイン、研修デリバリとファシリテーション、パフォーマンス改善」の3つは、2004年の調査からほぼ一貫して上位項目なので、TDスタッフの中心的なケイパビリティと言ってよいでしょう。

組織への貢献能力の「コンサルティング・パートナリング」では「提案や一連の打ち手を伝えて関係者から合意・支援・納得を得る」というスキル項目が上位にあがっています。

以上みてきた重要度の評価は、回答者約3000人の集計結果です。前回までは、それとは別にATDの重鎮、Thought Leadership(著名な有識者)だけの集計結果が開示されていたのですが、今回はありませんでした。ひょっとすると、TDの知見が深い人たちの見方はこの結果と微妙に違うのかもしれません。

図表11は報告書の中にはないのですが、Appendix Cのデータから「現在と今後のギャップ」に注目して作ったものです。こうして、現状と今後のギャップが大きいケイパビリティの上位項目を並べてみると、TDスタッフが現在は力不足と感じているものが浮き彫りになっていると思います。

図表11.現状と今後のギャップが大きいケイパビリティ上位9項目

特に、ギャップの大きい上位3項目は「テクノロジーを活用してデータを分析し、ビジネスインサイトを得る」といった現在喧伝されているような内容になっています。誰もがL&Dテック、HRテックの影響を気にしているということでしょう。

人材開発担当から日本企業のビジネスパーソンへと話は変わりますが、テクノロジー系のスキル・知識をどう考えればよいのかは、「データ×AI」の時代に必要な基礎能力をメガトレンド・主要国との比較などから幅広く論じている次の本が参考になると思います。

以上ざっとみてきたように、今回のコンピテンシー調査は一見常識的に見えますが、細かく見るといろいろな変化がうかがえます。

今回のモデルは、各国、各社、部門、個人がカスタマイズすることを前提にしてつくられています(無論、知的財産権にふれてよいという意味ではありません)。

報告書はグローバルイングリッシュで113ページ、わかりやすくコンパクトにまとまっています。そして、下記のような人材開発部内での議論の材料を提供していると思います。

  • ATD調査と自社における環境認識との違い
  • 今後重要なケイパビリティの認識の違い
  • 自社に必要なケイパビリティ(組織、スタッフ)の絞り込み
  • 強化が必要な優先度の高い知識・スキル項目の特定など

以上、長くなりましたが貴社の人材開発部内での議論にお役に立てば幸いです。

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代表者プロフィール

鹿野 尚登 (しかの ひさと)

1998年にパフォーマンス・コンサルティングに出会い、25年以上になります。
パフォーマンス・コンサルティングは、日本企業の人事・人材開発のみなさまに必ずお役に立つと確信しています。

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