パフォーマンス・コンサルティング

ASTD 2013報告①-これからの人材開発担当者に求められるコンピテンシー

2013.0701

●まとめ

  • 2013年版のASTDコンピテンシーモデルは、前回のモデル(2004年)をベースにしており、重要なトレンドを踏まえて修正されている。
  • 今回の重要なキーワードを3つに絞ると、テクノロジー、ソーシャル、ラーニングアナリティクスと言えそうだ。
  • 基盤コンピテンシーは3領域12項目から6領域16項目へ、専門コンピテンシーは9項目から10項目へ増え、コンピテンシーの名称や定義、重要な知識や行動例等が修正された。
  • 人材開発担当が自社の事業戦略や目標と人材開発施策の連動性を高めるビジネスパートナーの役割を果たすことは、今後もさらに重要になる。
  • ASTDがあげているトレンドやコンピテンシーを自社のグローバル人材開発にどのように意味づけるのか、部門内で議論しよう。

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2013 ASTD Competency Studyがカンファレンスにあわせて出版されました。ASTDは1978年から人材開発担当者に求められるコンピテンシーを明らかにする調査を実施しています。そのコンピテンシーの中身は時代とともに変わってきています。日米の背景の違いはあるものの、グローバル競争が進む中、積極的に活用できる部分も多いと思います。

結論を先に言えば、今回の調査の結果、従来の人材開発担当者のイメージとは少し違う内容が含まれるようになっています。たとえば、次のような感じです(Training and Development Competencies Redefined to Create Competitive Advantage ,『T+D』, January 2013より一部抜粋)。

  • 学習を提供する上で、学びにふさわしい状況もあれば難しい状況もあるが、日頃から最新の情報技術に精通しておき、それぞれの状況に適切な最新技術を選ぶ
  • 「トレーニングを実施する人」という役割にとどまらず、「学びを促す人」「コンテンツキュレーター」「情報マネジャー」「学びのコミュニティをつくる人」といった具合に役割を広げる
  • モバイルやソーシャル技術を利用して、人と人のつながりを大事にし、協力しあうといった学びにかかわる文化を育む

では、以下、順を追って概要を見ていきましょう。

 

調査目的


・2004年版のコンピテンシー調査で明らかになった人材開発担当者に求められる知識、スキル、能力、行動を環境変化にあわせて、ふさわしい内容にする

<補足:2004年版のコンピテンシー調査>
  • 2004年版のコンピテンシー調査は、多くの専門家が緻密な検討を重ねて作成したモデルです。
  • コンセプトは、学習はヒューマンパフォーマンスの改善の一手段であり、人材開発の役割は多様な解決策を組み合わせて職場のパフォーマンス改善を行い、業績貢献することにあるというものです。
  • 調査方法としては、文献調査、専門家インタビュー、専門家による3回のドラフトレビュー、大規模なアンケート(世界2128人の回答者)による検証を行って仕上げています。これでもかというくらい念を入れたプロセスを経て作り込んでいます。
  • モデルの構造としては、基盤コンピテンシー3領域12項目、専門コンピテンシー9項目、4つの役割で構成されています。
  • コンピテンシーディクショナリーでは、各コンピテンシーの定義、重要な知識、重要な行動、成果物などが示されています。

 

調査方法

 

2004年版のように、文献調査、専門家のインタビューやフォーカスグループによる緻密なレビュー、さらに3種類のアンケートを行い、その上で修正しています。前回との違いは、CPLPの認定試験の結果なども参考資料にしていること、プロダクトサーベイを追加していること、検証アンケートのサンプルが約1300人と前回よりも規模が小さくなっていることなどがあります。

結果概要


以降は2004年版と2013年版の結果を比較しながらポイントを見ていきましょう。原文を直訳しただけではわかりづらいので、解説内容を踏まえて言葉を補い、かなり意訳しています。その点を予めご理解いただければと思います。また、コンピテンシーの詳細な内容については原書のコンピテンシーディクショナリーの部分をぜひご確認ください。

 

①今後の人材開発に影響を及ぼす重要なトレンド

 

まず、今後の人材開発に影響を及ぼす重要なトレンドをみていきましょう。コンピテンシーの内容はともかく、今回の修正の背景にある環境変化要因をまず押さえましょう。これらのトレンドは、前回のモデルづくりにも参加した専門家へのインタビューや実務家へのアンケートの結果から抽出されたものです。

図表1.人材開発関係者にとって重要なトレンド

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2004年は9.11や米国大企業の不祥事の後、2013年はリーマンショック後の不況やモバイル機器・ソーシャルツールの急速な普及という時代背景があります。

私見ですが、この比較表をつくっていてふたつのことを感じました。ひとつは、今回は学習にかかわるテクノロジーの影響が色濃く出ているということです(2013-1,2,3,4)。前回もインターネットの影響をあげていますが、今と比べれば少しゆっくりしていましたし、学習への影響力はまだ小さかった気がします。2つ目は不透明な経済環境のインパクトの大きさです(2004-1、2013-8)。原文では “do more with less”を解説しており、米国ビジネスの厳しい経済合理性を強く感じました。もっと言えば、人材開発スタッフの人数は減ってもアウトプットの質は落とさず、従来よりも多くの育成サービスが要求される傾向がこれからも続くと思いました。

次の図表2はこうしたトレンドが人材開発担当者にどのように影響するかについて、解説した部分を比較したものです。私見ですが、この表でもふたつのことを感じました。まず、2013年版ではビジネスとの連動がより具体的になっている(2013-1,5)ことです。2004年版は「ビジネスとの連動」を啓蒙している段階という印象があります。2つ目は、いよいよ人材開発担当者もテクノロジーと向き合わざるを得ない状況になってきていることです(2013-2,4,6)。

図表2.人材開発関係者に必要になること

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こうしたASTDの環境認識だけではもの足りない方には、次の資料をお勧めします。IBMのCEOサーベイは今回の調査のレファレンスにもあがっていますので、ぜひご確認ください。このIBMのCEOインタビュー調査でもテクノロジーの影響の大きさが話題になっています。また、HRという観点ではSHRMの2年おきに行われている調査が参考になると思います。

→IBM, Leading Through Connections: Insights from the IBM Global CEO Study
IBM Global CEO Study 2012 Japan Report -日本企業の特徴-(YouTube)
SHRM Workplace Forecast, May 2013

今後の人材開発担当者に必要なコンピテンシーを考えるためには、中期的な環境をどのようにとらえるのかが大事になると思います。ASTDの見方は貴社の人材開発とどこが違うのか、どこが同じなのか?各企業の戦略、人事・人材開発の役割や位置づけ、組織文化によっておそらく違うでしょう。重要なことは、そこで思考停止せず、自社の経営と人事・人材開発にとって、こうした環境認識がどのような意味を持つのか、部門内で議論することだという気がします。

 

②ASTDコンピテンシー2013の構造

 

最新版のコンピテンシーモデルは2層構造です。前回は3層構造のピラミッドだったのでかなりシンプルになった印象を受けます。土台は基盤コンピテンシー(Foundational Competencies)、その上に専門コンピテンシー(Areas of Expertise)の五角形が乗っかる形です。ASTDのサイトのモデル図をなぞっていくと、簡単な説明が出てきますのでご確認ください。

図表3.ASTDコンピテンシー2013

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③人材開発担当者に求められる基盤コンピテンシー

 

図表4を見るとわかるように、最新版の基盤コンピテンシーではいくつか修正されています。まず、グローバルなものの見方・考え方 、人材開発業界の知識 、情報技術リテラシーの3領域が追加されています。「グローバルなものの見方・考え方」は前回の対人スキルの「4.多様性を活かす」が独立としたものと言えそうです。次に、ビジネススキル-6ですが、「イノベーション」を取り入れることが加わっています。最後に、対人スキル-5にEI(感情的知性)の観点が追加されています。

図表4.基盤コンピテンシー

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この表からでも推測できるかもしれませんが、原書のコンピテンシーディクショナリーでは、ビジネススキルは5ページにわたって解説されています。また、対人スキルも3ページにわたって解説があります。

私見ですが、今回の報告書でも「事業の戦略と学習施策を連動させる」といった表現が何度も登場します。先に見た図表2のような影響(2013-1,5)が強くなるとすると、ビジネススキルであげられているコンピテンシーはますます重要になるでしょう。コンピテンシーディクショナリーを見ると、ビジネススキルの詳細にはパフォーマンス・コンサルティングでいうギャップ分析、原因分析、ソリューション選択に相当するものがかなり含まれています。さらに言えば、次にふれる専門コンピテンシーは、このビジネススキルを持っていることが大前提というものが少なくありません。日本企業の人材開発担当者も今まで以上にビジネススキルを磨いていく必要があるという気がします。

 

④人材開発担当者の専門コンピテンシー

 

図表5を見てわかるように、最新版の専門コンピテンシーもいくつか修正されています。まず、目につくのが名称の変更です。実はディクショナリーを見ると、名称だけでなく内容そのものがかなり変わっていますので、ぜひ原文をご確認ください。たとえば、「学習効果の測定」では「ラーニングアナリティクス」という用語が登場しています。「アナリティクス」は「タレントマネジメント・アナリティクス」という言い方でも登場しています。“Analytics”を少し調べてみると興味深いものが次々に見つかると思います。今後は人材開発分野においてもますます様々な指標やデータをもとにした意思決定が進むような印象を受けます。次に、目につくのは「学習テクノロジー」が加わっていることです。2004年版では「単独の専門領域というにはまだ早い」という記述があったのですが、2013年版では一領域として認められたようです。それだけ技術の進歩が早く、重要度が高まっているということでしょう。

図表5.専門コンピテンシー

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では、2013年版の専門コンピテンシーはどの程度重要だと認識されているのでしょうか?図表6のデータは181人の回答結果です。サンプルは少ないのですが、CPLP取得者7割、ASTDチャプターリーダー36%、修士以上の学位を持つ人が6割以上、マネジャー比率約5割、シニアレベルのスペシャリストが34%という言わば、ASTDのオピニオンリーダー的な人たちが母集団です。尺度は、「1=必要ない」、「5=極めて重要」という5段階評価です。

図表6.専門コンピテンシーの重要度

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現在の重要度と今後3年の重要度を比較すると、ソーシャルラーニングの重要度が最も大きく伸びていることがわかります。とはいえ、上位3項目を見るとやはり効果的な学習を設計し、実施すること、諸施策を組み合わせてパフォーマンスを改善することは変わらないと言えそうです。原書では約1300人のアンケート結果も紹介されていますので、ぜひご確認ください。図表6と少し違う結果になっています。

ここまで前回の調査との主な違いをみてきましたが、前回も今回も重要でかつ変わっていないことも確認しておきましょう。先程、ビジネススキルのところでもふれましたが、今後も人材開発担当が自社の事業戦略や目標と人材開発施策の連動性を高める「ビジネスパートナー」の役割を果たすことが基本であり、重要であることに変わりはありません(前述『T+D』, January 2013)。今回の報告書ではそうすることが大前提というか、当然という文脈の記述が多く見られます。

 

今後のトレンドとその影響について部門内でも議論しよう

 

この手のコンピテンシー調査はざっとみて「それで?」という感じで終わってしまいがちです。そこで、比較しながら議論できるように既に述べた調査以外に以下のふたつの調査をご紹介します。少し調べれば他にも比較できる調査はあると思います。今後、自社に大きく影響する内外の環境要因は何か、それが人事・人材開発にどのような影響を及ぼすのか人材開発部門は何を目指すのか、その結果人材開発スタッフとして高めなければならないコンピテンシーは何か、ぜひ、部門の同僚と議論してみてください。

 

①リクルートマネジメントソリューションズ:人事の専門性に関する実態調査
−人事担当者は、人事に必要な専門知識・スキルをどう認識しているか 2012.06

②韓国の2004 ASTD Competency Study比較調査
−Competencies Needed by Korean HRD Master’s Graduates: A Comparison Between the ASTD WLP Competency Model and the Korean Study, 2009

上記②の論文はとてもおもしろかったので概要を紹介します。

<調査概要>


韓国の人事・人材開発の大学院教育関係者、大学院卒業者42人の専門家・実務家を対象に、2004年版のASTDコンピテンシーモデル21項目(基盤コンピテンシー12項目、専門コンピテンシー9項目)の重要度と習熟度についてアンケートおよびインタビューを行った。さらに、その結果を専門パネルで再検討し、今後の大学院教育のあり方について提言した。

<結論>

  • ASTDコンピテンシーは、順位の違いはあるものの、21項目すべて重要と認められた。習熟度については、基礎レベルから中位レベルにあると判断された。
  • 米韓で重要度の順位の違いが大きかった項目は、「環境変化への柔軟な適応を示す(米3、韓13)」「ビジネス知識・スキルを活用する(米8、韓13)」だった。
  • 韓国固有の文化を反映して「チームビルディング」「効果的なコミュニケーション・交渉」などのコンピテンシーを追加することが必要という声もあった。
  • 現在のHRD関連の大学院教育は理論や学術的な内容に偏っており、さらに実践的な内容に変える必要がある。たとえば、ケーススタディの活用、インターンシップの長期化(夏休み→6か月)、コンピテンシーベースのカリキュラム策定などが提言された。

<韓国固有の社会文化的要因 が影響していること>

  • 職務要件があいまい。儒教的価値観が強く、年功序列で部門間を異動し昇進・昇格するため、専門性が重視されない。 
  •  家族・血縁が強いため、部外者との人間関係や未知のものに対する扱いはうまくない。 
  •  一方的な講義に慣れているため、ケーススタディをしても活発な議論にならないかもしれない。

以上、長くなりましたが、貴社の人材開発部門内での議論の材料になれば幸いです。

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代表者プロフィール

鹿野 尚登 (しかの ひさと)

1998年にパフォーマンス・コンサルティングに出会い、25年以上になります。
パフォーマンス・コンサルティングは、日本企業の人事・人材開発のみなさまに必ずお役に立つと確信しています。

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