2021.0302
まとめ
|
David VanceとPeggy ParskeyによるMeasurement Demystified(2020,ATD)が出版されました。「事業指標-研修(人材開発)指標-人材開発部門の経営」の3つをわかりやすく連動させて解説している一冊です。
ここでいう「経営」は利益追求するという意味ではなく、ふつうに指標を使ってマネジメントしようということです。
同書はこれまで紹介されてきた研修効果測定の指標だけでなく、人材開発部門の生産性指標も含めて、「研修指標と報告書」をセットで論じています。従来の研修単品の効果測定の議論とは一線を画している好著だと思います。
著者の主張は明快です。「まず、研修指標を活用する目的を明らかにし、目的に合致する指標と報告の仕方を決めよう」「人材開発も営業や生産のように指標を使って事業計画を立て、部門運営しよう」と提案しています。
では、最初に簡単なクイズで自社の人材開発指標の現状について少し考えてみてみましょう。そのうえで、当書の概要を見ていこうと思います。
以下の図表1~11のうち、図表9以外は原書にはなく、独自に作成したものです。予めご了承ください。
図表1はクイズです。今すぐ、貴社で人材開発年次報告書をつくるとしたらA~Cのどのパターンに近いでしょうか?
Aのような報告書は、よくあるものだと思います。部門全体の活動量と研修満足度で部門の取り組みを伝えようとしています。残念ながら、これでは期初目標や他社比較などの判断基準がなく、単なる数字の羅列になりがちです。
Bのような報告書は、満足度や有益度で目標値を設定することに議論の余地はありますが、とりあえず数字の良し悪しを判断できます。さらに、目標に届かなかったコースの分析や対処の提案もあるので経営幹部は少し安心できそうです。
Cのような報告書では、期初に事業目標に対する各学習プログラムの位置づけを明確にし、それぞれの「活動量・効率指標」「品質指標」「成果指標」の3種類の指標・目標値を設定します。そして、年度末にその結果を報告します。事業指標との関連性がわかりやすく、現状の数字や年度末の結果の意味がよくわかります。お察しのとおり、著者のVanceらはこのパターンCを提案しています。
貴社の現状はどのパターンに近いでしょうか?
それでは本書の概要を見ていきましょう。
研修指標(人材開発指標と同義)を活用して人材開発部門をマネジメントするときには、図表2のような3つの問いを自問する必要があります。
それでは、3つの問いについて順を追ってみていきましょう。
まずは何のために研修指標を使うのか「目的」を明確にすることが必要です。図表3のように4つの目的があり、それによって適切な指標や報告の仕方が変わります。
「報告」は「研修はどうなっているの?」と聞かれたときに「こうなっています」と答えることが目的です。よく目にするL&Dの取り組み状況を共有するダッシュボードが相当します。ただし、目標数字は設定されていません。
「モニタリング」は研修指標の目標値が設定されており、現状が許容範囲にあるかどうかを見ることが目的です。モニタリング目的のダッシュボードでは、その判断基準がわかるようになっており、基準に満たない数字のときはその要因を深掘りできるように構成されていたりします。
「評価・分析」は学習プログラムの活動量・効率や品質、学習プログラムの業績に対する影響度を評価したり、指標間の因果関係を見つけたりすることが目的です。
「部門経営」は、最初に事業目標を達成するために必要な学習プログラムを決め、その指標と目標値を設定することが前提になります。そのうえで、「計画段階で目標とした成果を達成しているか?未達であれば、目標を達成するためにどのような手を打つのか?」を明らかにすることが目的です。
以上、4つの目的に対応させて適切な指標と報告のパターンを決めようというのが著者の提案です。
次は気になる指標ですが、図表4のように、研修指標を3つに分けています。
活動量・効率指標(Efficiency Measures)は、自社で実施したトレーニングの量、利用キャパシティ、従業員へのリーチ、コストなどです。本の中では14の観点で107指標が例示されています。
注目すべきは、対面クラスなどのフォーマル学習の指標例だけでなく、COP、コーチング、パフォーマンスシステムなどのインフォーマル学習の指標例も含まれていることです。
最近の統合報告書では、1人あたりの研修時間、1人あたりの研修費用などが提示されています。また、ATDのState of the Industryは人材開発投資と部門の運営効率に焦点を絞った同一指標で毎年調査を実施し、Best Awardを取った企業と調査回答企業の数値を比較できるようにしています。
関連するコラム:日米の人材開発調査-数字で実態をみてみよう
つまり、自社だけの数字では活動量や効率の良し悪しがわかりませんが、こうした社外調査の数字と比較することで自社の人材開発部門の生産性の高低がわかり、改善方向が明確になります。
品質指標(Effective Measures)は、カークパトリックのレベル1(反応)、2(学習)、3(行動)やフィリップスのROIを活用して学習プログラムの品質をみるというものです。いわゆる受講者満足度や修了テストの得点などですが、本の中では5つの観点で23指標が例示されています。
ただし、レベル4は成果指標と重複すると言っています。個人的にはレベル1・2は品質としてよいと思いますが、レベル3の「職場で学習したことを活用する行動化」は研修の品質というよりは「職場での成果」とした方がよいと思います。
成果指標(Outcome Measures)は、事業目標やHR目標に対する望ましい影響の度合いです。カークパトリックのレベル4や図表4の例にあるような分析をした数値のイメージです。本の中では12の観点を例示しています。
注意したいのは、売上やコストといったよく出てくる事業成果指標だけでなく、エンゲージメントやリテンションといったHR指標も成果として認めていることです。
図表5は、この3種類の研修指標の使い方の指針を示しています。
本書の中では、図表が約200あり、120の指標例と多数の報告書の具体例を提示しています。報告書といっても決算速報値のような表が多いのですが、パターン化された指標もかなりあり、自社でどう実践するのかとてもイメージしやすいと思います。
また、オンボーディングや基本的な知識・スキルを扱う研修などは、「戦略に直接連動しない研修であり、成果指標を定義しない場合もある」と解説しており、現実的な運用を考えやすい気がします。
次に、指標を使って報告するときのパターンを見ていきましょう。ここでは先に具体例を見ていこうと思います。
図表6は、少し古いデータなのですが、ASTD 2012 Best Awardを受賞した Savvisのダッシュボードのイメージです。
ATD Best Awards Webcast Series 2013
Transformational Learning - Building a Learning Organization form the Ground Up
Savvisは米国企業で、2012年当時従業員3000人程度のデータセンターのサービスをしていましたが、現在は合併されて法人はありません。
2010年に人材開発部門をスタッフ2人でゼロから立ち上げ、3年でAwardを受賞した事例です。人員が少ないのでリーダーシップ開発とオンボーディングに集中し、まずは研修の量的拡大を図りつつ、走りながら質的改善をしたという事例でした。
こうして見ると、うまく3種類の指標を使い分けています。特に成果指標は比較対象群を使ったり、経年比較での改善度がわかるようにしたり、工夫していることがわかります。他社比較はありませんが、自社の数字だけでも年を追って改善していることをうまく訴求しています。
図表8は5種類のレポートの例です。それぞれの目的と指標例をあげていますので、大まかなイメージがわくと思います。
ざっくり言えば、スコアカードやダッシュボードは、レポートというよりは活動量や品質の頑張り度合を示す図やグラフと言えそうです。
プログラム評価やカスタム評価は、定性的なデータも含め、特定の研修やテーマに対して深掘りしたいわゆる報告書のイメージです。
マネジメントレポートは、報告書というよりは四半期決算発表のような数字が並んでいる表のイメージです。
たとえば、図表9は「人材開発部門の運営改善 マネジメントレポート」の例示の一部を抜粋したものです。端的に言えば、「前年よりも量的拡大をし、学習プログラムの品質も向上させる」という運営方針にもとづき、表にあるような各指標の計画値を設定し、毎月どのくらい進捗しているのかを見るツールです。
つまりマネジメントレポートは、部門方針を示す指標・計画値と現在の達成レベルを見ながら軌道修正するためのツールです。
営業部門であれば、期初に営業戦略に基づいて受注、売上、粗利、重点商品売上、新規顧客開拓件数などの指標で計画を立案し、毎月管理するのと同じイメージです。
Vanceらは、事業戦略と直結させる成果の例として、売上増、コスト削減、安全事故件数削減、顧客満足度向上などをあげています。具体的に、どのような学習プログラムを選び、どのような指標を使って表形式にしているのかは、ぜひ本を購入して確認してみてください。
少し細かな補足ですが、成果指標の具体的な算出方法ではROIで有名なPhillips夫妻の「研修の影響度の分離」「影響度の金額換算・概算」などの方法を活用しています。このあたりはどうしても主観的な要素が入るため議論の余地があると思います。
冒頭でも述べましたが、ここでいう「経営」は利益追求するという意味ではなく、指標を使ってマネジメントするということです。
Vanceら著者は「経理には世界共通の財務諸表があるが、人材開発には世界共通の指標や考え方がない」「人材開発も営業や生産と同じように毎年事業計画を立て、マネジメントするようにできないか?」といった問題意識をもっています。
図表10は、Vanceらが提案していることをもとに、研修指標にもとづいて人材開発部門を経営するとどうなるのかをイメージしたものです。
おそらく、事業責任者が事業計画を策定するときに、戦略実行するうえでどのような学習プログラムや施策を支援してもらえるのか、CLOやBPと相談するところから始まるでしょう。この時点で、事業責任者から人材開発部に声がかかる、相談されるだけの知識やスキルが必要になると思います。
次に、「戦略に直結する学習プログラム」と「戦略に直接は連動しない学習プログラム」に分けて、どのような指標がどの程度になればよいのか期待成果を合意することになるでしょう。この時点では人材開発部に指標ライブラリーがあり、適切な指標とその目標値、そして報告の形式を提案することになると思います。
そして、合意を得た研修指標をダッシュボードやマネジメントレポートの形式で毎月進捗を報告し、状況によって軌道修正の提案をするという感じになると思います。そのためには、指標化できるデータ源、情報源が整備されていることが必要になるでしょう。
「人材開発部で今行っているパートナリングより難しそう」と思う方が多いかもしれません。
著者のVanceらは「完璧な準備を待って何もしないよりは、今できることから実践を始める方がよい」といった趣旨のことを何度か繰り返しています。まずはできることから、たとえば図表9のような人材開発部門の運営レベルを問う指標からスタートすることを勧めています。
「従来の人材開発の仕事とかなり違うなぁ」とお感じの方も多いと思いますが、2019年のATDケイパビリティモデルでは図表11にあるように「組織への貢献能力」という領域が提示されています。この8項目のケイパビリティをみるとここまで述べてきたことも含まれそうです。
人材開発のBPも進化しています。今後重要度の高いコンピテンシー上位7項目の中には、「コンサルティング・パートナリングスキル」が入っています。詳しくはATDのサイトを確認してみてください。
関連するコラム:ATD 2019ケイパビリティモデル
以上長くなりましたが、「研修指標を使って人材開発部門をどう運営するか?人材開発部門の取り組みや成果をどのように数字で発信するか?」で悩んだことがあれば、すぐにでも入手して部内で議論されることをお勧めします。
ヒューマンパフォーマンスはパフォーマンス・コンサルティングを実践します。
人にかかわる施策、人材開発と事業戦略の連動性を高め、業績向上に貢献することがテーマです。研修効果で悩んだことがある方には有効なフレームワークです。人材開発のあり方や研修の見直しを検討されている人材開発担当の方におすすめです。
お気軽にお問い合わせください。
鹿野 尚登 (しかの ひさと)
1998年にパフォーマンス・コンサルティングに出会い、25年以上になります。
パフォーマンス・コンサルティングは、日本企業の人事・人材開発のみなさまに必ずお役に立つと確信しています。
代表者プロフィール
代表ごあいさつはこちら