2018.0720
●まとめ
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Comcastのオンボーディング(新規採用者の導入教育)事例は、学習から職場での行動化までがうまく構造化されている非常に示唆に富むモバイル学習でした。具体的には、新規採用されたCATVの工事担当者が屋外の引き込み工事について個人学習した後、現場でよくある配線の問題を解決する実習を行い、その結果に対して上司がオンライン上でフィードバックをするというものです。
ATD 2017報告-Amazon化・Facebook化するL&DとHRでは、学習プラットフォームがまるでAmazonやFacebookのような感じになっていることを報告しましたが、それに倣うと、Comcastの事例はFacebook化されたL&D事例と言えそうです。
この事例の学習構造を図解してみると、①個人学習、②理解度テスト、③現場実習、④上司のフィードバックという複数の学習経験をストーリーにして、うまく組み合わせていることがわかります。
ポイントは「③-2成果写真の掲示」です。具体的に言うと、現場実習で「配線の問題を特定したときの写真(Before)」、「問題解決後の写真(After)」を学習プラットフォームにアップロードします。それに対し、④上司が写真を確認してコメントします。見方を変えれば、部下が学んだ知識を現場で正しく活用しているかどうか、上司が証拠写真を見てフィードバックするということです。
こうすれば、上司はふたつの写真をしっかりと見比べるので、自然に具体的でポジティブなフィードバックになります。その結果、新規採用者の学習(レベル2)も行動化(レベル3)も強化されるわけです。これがモバイル学習と上司フィードバックの相性がよいという理由です。
Comcastのオンボーディングでは、さまざまな職種でこの学習構造が活用されているようです。コールセンターに配属された人は、クレームを連絡してきたお客様との会話を録音してアップロードし、学習したことがどの程度活用されているか、上司がコメントします。営業の人はお客様にプレゼンしているビデオを録画してアップロードし、上司がコメントするといった感じです。
この学習経験の構造化は、学習者にとっては学んだことを実務に活用することが促され(レベル3)、上司にとっては学習成果を確認し、望ましいフィードバックをすることが促されることになると思います。
これを設計したのはProsellというラーニングのコンサルティグ会社ですが、セッションではKolbの経験学習モデルを理論的な根拠としていました。経験学習で重要な「リフレクション」の質を高めるためには、学習者に対する「よい問いかけ」「よいフィードバック」がカギになりますが、その仕掛けがこのBefore-Afterの写真、録音、録画ビデオに対する上司のフィードバックです。これはFacebook化されたL&Dならではの仕掛けだと思います。
また、学習プラットフォーム上では、上司が部下の掲示した写真を見てコメントするまでのレスポンス時間や具体的なコメント内容までわかるので、職場における上司の指導の質や関与度が丸見えになることも見逃せません。カッコよく言えば、行動経済学で言う「ナッジ」的な仕掛けがうまく仕込まれていると思います。
セッションの中では、このフィードバックをまじめにやった上司とそうではなかった上司では、部下の退職率に大きな差(12~19%)が出たと報告していました。
Comcastの事例は現在進行しているL&Dの構造的な変化を考える上で、とても役立つと思います。図2はComcastの事例だけでなく、ここ3~4年のATDカンファレンスのセッションや以下のような文献から感じたことを独断と偏見でまとめたものです。
L&Dの目的は「事業ニーズに結びつく行動と指標の改善」にあることはここ20年来揺るがない基本です。では、順を追って主な構造的な変化をみていきましょう。
① 暗黙の設計前提:学習経験の組み合わせ
まず、L&D施策を設計するときの暗黙の前提ですが、事業成果への貢献、費用対効果は不変です。これに加えて、昨今の破壊的なイノベーション、デジタル経営、実行スピードの加速など、競争ルールが大きく変化する中で、「イノベーションと従来の効率的なオペレーションの両立」「企画から実施までのスピードアップ」「世界規模の展開」が求められていると思います。
たとえば、LogMeIn(米、クラウド接続サービス、NASDAQ)の事例(W208)は、トップから「7ヵ月後に子会社を吸収するので、統合する新しい営業戦力400人の商品知識レベルを1ヶ月でそろえてほしい」という要求を受けたというものです。しかも、この子会社は米国以外の欧州、中東、アジア太平洋などに拠点があり、親会社とはまったく違う商品を販売していました。LogMeInのL&Dスタッフはわずか5人で、それまでは講師主導型の研修を実施していたのです。
そこで、Artisanというマイクロラーニングのベンダーと協力し、開発期間6ヵ月で5分程度のマイクロラーニングを50本開発し、1ヶ月間で6カ国10拠点にまたがる387人に学習をしてもらったという事例です。
その際、基礎的な知識部分はマイクロラーニングで、スキル部分はロールプレイでという複数の学習経験を組み合わせています。Comcastもそうですが、学習経験をうまく組み合わせた設計事例がかなり増えているように思います。
② 個人へのアプローチ:職場での学びと融合
ATD 2017報告-Amazon化・Facebook化するL&DとHRでも報告したように、講師がカメラに向かって世界同時に研修を実施するバーチャルトレーニング、先にふれたLogMeInのようなマイクロラーニングが花盛りです。
そして、この自学自習の先には、学習プラットフォームの利用状況から個人別にラーニングパスをリコメンドする、Amazonのような「おすすめ」機能がさらに進みそうな気配です。Comcastの事例は、自学自習、現場実習、上司の指導が一体化しており、もはや「個人向けのアプローチ」と「職場へのアプローチ」を分けて論じる意味はないのかもしれません。
HortonはE-Learning by Design, second edition(2012)の中で次のように言っています。
E-Learning by Design, 2011
③ 職場へのアプローチ:Facebook化
これもATD 2017報告-Amazon化・Facebook化するL&DとHRの中で、GEのBrilliant Youの事例、さまざまなLMSベンダーなどを紹介しましたが、従業員が職場で学んだり、情報共有したりするシステムはますます使い勝手がよくなるでしょう。
Comcastの事例もFacebook化された学習プラットフォームですが、上司に対して先に述べたようなお膳立てをすれば、学習したことの活用が進むことを示していると思います。また、Comcastのモバイル学習は現場でのパフォーマンスサポート(電子化された作業マニュアル)の発展形とも言えるので、ここでも従来の個人学習と職場での業務支援ツールの線引きがあいまいになっているような気がします。
現在のように大量の情報があふれかえっていると、業務時間中に情報を検索する時間は「ムダな時間」となりかねません。有益かつ信頼性の高い情報を整理したキュレーションはありがたい存在になると思います。
組織文化づくりはL&Dの役割のひとつという議論がありますが、イノベーションにつながる「実験」を大事にする組織文化はL&Dの役割というより、トップマネジメントの仕事だと思います。
④ 効果測定指標:新しい学習の証拠
ATD 2016報告-研修効果測定のカークパトリックの新4レベルで報告したように、研修の設計段階でレベル3:行動、レベル4:成果の指標を具体化する。そして、研修直後に職場でのパフォーマンス改善に取り組み、具体的な行動や成果を出してからレベル3、レベル4を測定する。こういうパターンが基本形になるような気がします。
Comcastの事例はまさに現場実習でレベル2:学習を確実にし、しかも実務に活用するレベル3を実践し、上司はフィードバックというパフォーマンス改善のかかわりをしています。まさに新4レベルの考え方を実践している感じがあります。
興味深いのは、従来の4レベルの枠を超えた「新しい学習の証拠」が見られることです。学習者のオンラインでのコース完了率やテスト結果はタイムリーにわかる指標です。Comcastの事例では、実習のBefore-Afterの写真、動画、録音音声などはすべて上司が目や耳でわかる「部下が学習した証拠」です。こうなれば、レベル2とか3とか言っている意味はもはやないのではないでしょうか?
そしてもうひとつ興味深いのが、学習プラットフォームで「上司の関与度」が丸見えになることです。これは、従来の学習者の効果を測定するというパラダイムから上司を含めた学習経験の効果を測定するというパラダイム転換につながるかもしれません。
「上司は職場で研修から帰ってきた部下をフォローしてください」と言わなくても、Comcastのような仕掛けをすれば、自然に関与せざるを得なくなると思います。これからは学習した証拠の写真や動画を見てフィードバックするということも、上司の育成ルーチンのひとつになるかもしれません。
以上のような構造的な変化を生んでいるのは、図2の中央にあるテクノロジーの進展とミレニアルの行動や価値観があることは言うまでもありません。
大きくは短期視点と中期視点のふたつの観点で議論することがあると思います。
ひとつは短期的にみて、自社の学習プラットフォームと学習コンテンツの方向性をどうするかです。
Josh Bersinはブログの中で学習プラットフォームはNetflixのような方向に進んでいると言っています。つまり、学習履歴からおすすめの学習コンテンツを次々に提案してくれる世界に向かっているということです。
Josh Bersin, A New Paradigm For Corporate Training: Learning In The Flow of Work, 0603, 2018
また、Bersinは学習コンテンツとNetflixのような娯楽コンテンツでは大きな違いがあることも指摘しています。Netflixは魅力的なコンテンツをつくり、消費者にできるだけ長時間視聴してもらうことを目指せばよいのですが、学習者は最終的に職場で仕事に活用しなければ意味がありません。また、学習時間はできるだけ短時間で、しかも仕事に活用することを目指す必要があるのでNetflixより難しいというわけです。
日本企業で考えたときに、21世紀にふさわしい個人学習の支援をどう定義するのか、学習プラットフォームをどうするのか、日本語の学習コンテンツをどうするのか、Comcastの事例のような学習体験の編集をどうするのか、いろいろと議論することがありそうです。
Bersinが指摘しているように、SalesforceなどL&Dとは関係のない実務システムの中に従業員が求める知識・情報・知恵が蓄積されていくと、ラインで仕事に必要な学習が完結するような気もします。そうなればL&Dの存在意義は何か、また論じることが必要になるでしょう。
こうした議論をする上で、ATD2018でthe Distinguished Contribution to Talent Development Awardを受賞したJane Hart(C4LPT、英国)の以下のブログ記事は非常に参考になると思います。どれも論点をばっさりと斬って、小気味のよい記事です。
もうひとつは中期的な自動化の波がもたらす仕事の再編の影響をどうとらえるのかです。
各社ともここ2~3年でRPA(Robotics Process Automation)が加速し、業務の見直しや人員の再配置はさらに進むでしょう。業務におけるAIの活用事例も少しずつ増えていくでしょう。2018 Deloitte Global Human Capital Trendsでは、経営陣とHRは次のことを問うことが必要だと言っています。
もともとトレーニングは仕事に必要な知識・スキルの習得から始まっていますが、その仕事そのものが現在大きく変わろうとしているのです。
そして、残る仕事には、複雑な問題解決、クリティカルシンキング、創造性、人のマネジメントなど人間らしいスキルが一層求められると言われています。また、AIに感情や倫理を指導する仕事やAIの下した判断の根拠をわかりやすく経営陣に解説する仕事など、現在にはない仕事がこれから生まれるという議論もあります。
The 10 skills you need to thrive in the Fourth Industrial Revolution
The Jobs That Artificial Intelligence Will Create, MIT Sloan, Summer 2017
L&Dとしても考え、議論することはたくさんあります。目の前の研修のオペレーションも大変でしょうが、大きな流れを踏まえた議論が今こそ人材開発部内で必要だと思います。
>>研修転移のモデルと事例をみてみよう-6Ds
>>人材開発の仕事を見直す本と動画
>>オンライン研修設計の実務に役立つ本・動画
>>オンライン研修時代の人材開発の4つの変化
ヒューマンパフォーマンスはパフォーマンス・コンサルティングを実践します。
人にかかわる施策、人材開発と事業戦略の連動性を高め、業績向上に貢献することがテーマです。研修効果で悩んだことがある方には有効なフレームワークです。人材開発のあり方や研修の見直しを検討されている人材開発担当の方におすすめです。
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鹿野 尚登 (しかの ひさと)
1998年にパフォーマンス・コンサルティングに出会い、25年以上になります。
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