2019.0724
●まとめ
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まずは、定性的な効果測定手法、サクセスケースメソッドで有名なBrinkerhoff(元ウェスタンミシガン大学教授)とスウェーデンのコンサルタント、Edward W. Boon (Promote International)によるハイパフォーマンス・ラーニングジャーニー(High Performance Learning Journeys)からみていきましょう。詳細は上記写真の本(左側 Improving Performance Through Learning, 2019)をご参照ください。
いきなりラーニングジャーニーと言ってもわかりづらいと思いますので、図表1をご覧ください。ただし、この図は本の中にはありませんので、予めご了承ください。
3つを比較すると何が違うのか直感的におわかりいただけると思います。①イベント型はよくある「研修は実施すればおしまい」の単発実施のパターンです。②研修転移型は学習の「職場での活用」を重視し、研修前(Before)に上司と参加者が面談したり、終了後(After)に参加者がアクションプランや気づきなどを上司に報告したりするパターンです。
③ジャーニー型はイベント型の研修を否定し、参加者の職場でのパフォーマンスが改善するように、「さまざまな場での学び、上司やクラス仲間との話し合い、実務での実践」が3~6ヵ月続くという感じです。
たとえば、期の最初に新しい事業戦略の説明ビデオを見て、上司から事業目標達成のために実務で何を変えるのか、そのためにはどのような学習が必要か説明を受けます。それを受けて、参加メンバーは「自分の実務の課題と知識・スキルの課題」を整理して上司と話し合います。
仮に、どこかの時点で2日間の研修を受講する場合は、先にマイクロラーニングで知識レベルのことを3モジュール程度受講し、研修中は実践的なスキル練習を繰り返します。そして、職場に戻って上司が見ている前でスキルを実際に活用し、フィードバックをもらいます。さらに、職場で活用したときの様子とふりかえって気づいたことをオンラインで同じクラスのチーム仲間に共有し、相互に激励とアドバイスをします。
こういう展開を2サイクル程度反復したとすると、後半はスキルを活用する状況は徐々に難しくなり、最終的には職場でよくある阻害要因にも対応しつつ現実の問題をうまく解決できるレベルになっていくというわけです。
つまり、ラーニングジャーニーは、この10年くらいのトピックだったマイクロラーニング、ソーシャルラーニング、研修転移、経験学習などを「学習→パフォーマンス改善」のプロセスに緻密に織り込んでおり、学びと実務がシームレスにひとつのストーリーになったものと言えそうです。
図表2はラーニングジャーニーのプロセスを独断と偏見でできるだけシンプルに示そうと試みたものです。この図も本の中にはありませんので、予めご了承ください。
最初の「事業目標~職場目標~担当タスクの成果~重要なパフォーマンス~学習する知識・スキル」のつながりを整理するところはパフォーマンス・コンサルティングの考え方と同じです。
具体的なマイクロラーニングや研修の設計開発はインストラクショナルデザインの考え方が基本です。学習の設計と並行して、研修転移を促進するための仕掛けを設計します。たとえば、上司との話し合いのツール、クラス仲間とオンライン共有する内容の標準化、相互アドバイスのチェックリストなどです
そして、「学びと研修転移と実務」を織り交ぜて実行していくというイメージです。最後の効果測定はいうまでもなく、サクセスケースメソッドです。
ラーニングジャーニーの設計がふさわしいのは、対人スキルや組織間コンフリクトの解消スキルなど、さまざまな人とかかわり、上達するには場数と適切なフィードバックが必要なスキルだとしています。
この本の中では具体的な留意点やコツがたくさん紹介されています。また、4つの実践事例も紹介されていますので、味わって読めると思います。
実はこのラーニングジャーニーには原型というべきハイインパクト・ラーニング(Brinkerhoff & Apking, High Impact Learning, 2001)というモデルがあります。わかりやすく言うと、ハイインパクト・ラーニングを18年後のテクノロジーの進んだ現在の環境に合わせてupdateしたのがラーニングジャーニーと言えると思います。つまり、ハイインパクト・ラーニングの原理を知っておくとラーニングジャーニーの構造を理解しやすいということです。
図表3はハイインパクト・ラーニングの骨格を成す3要素を示しています。
まず、研修の前に、上司と参加者が学習する知識・スキルを実務で具体的にどのように活用するのか、その結果どのような成果が期待できるのか、インパクトマップというツールを使ってイメージを共有します(Intentionality)。
インパクトマップは「事業目標~職場目標~参加者の実務成果~重要なパフォーマンス~学習する知識・スキル」のつながりを示す重要なツールで、学習プログラム用と参加者個人用の2種類があります。
このツールにもとづく話し合いにより、上司も参加者も「学習することで参加者の実務がどう改善されるのか?」「組織の業績がどう改善されるのか?」がよくわかります。その結果、上司も参加者も「学習したことを実務ですぐに活かそう」「実務に活用して早くパフォーマンス(行動と成果)を改善しよう」という内発的な動機づけが生じるというわけです。
その次に、パフォーマンス(実務の成果と行動)の改善に直結する知識・スキルを学ぶe-ラーニングや集合研修を実施します(Learning)。学習経験は「コンテンツ→実践スキル練習→フィードバック→ふりかえり」の4要素で構成するように設計し、原理原則的な知識は集合研修前にe-ラーニングで習得するというのが基本的な考え方です。
Brinkerhoffは2001年当時からイベント型の研修をひどく嫌っており、「研修転移の『前・中・後』で分ける考え方は、研修のイベント発想を助長するのでよくない」といった指摘をしています。
また、2001年当時は現在のような学習プラットフォームはありませんでしたので、コミュニティを立ち上げて議論するなど、「ブレンド学習」の要素をいろいろと提案しています。
最後は、参加者が職場に戻ってから学習した知識・スキルを職場で活用できるようにツールを与えたり、また、上司が支援しやすいようにチェックリストなどを提供したりするわけです(Performance Support)。職場環境の阻害要因は、研修を設計する前の分析段階(パフォーマンス・コンサルティング)で見つけておき、それに対応する施策を予め用意しておきます。
High Impact Learning( 2001)の中で紹介されているビール販売会社の事例は、学習だけでなく職場環境にも手を打つ、まさにパフォーマンス・コンサルティングの事例です。
Brinkerhoffの本を読んでいると、「トレーニングは適切に設計すれば必ず成果がある」という強い信念を感じます。
図表4は、ハイインパクト・ラーニングとラーニングジャーニーの主な共通点と相違点を整理したものです。
図表4を少しだけ補足しておくと、ラーニングジャーニーはハイインパクト・ラーニングよりも全般的に粒度が細かく、職場で実践する現実感が湧くレベルにまでしっかりと落とし込まれていると思います。逆に言うと、それだけ緻密ですし、設計は複雑になると思います。
また、ラーニングジャーニーでは、学習プラットフォームをうまく活用していくことが前提になっているような気がします。日本企業で実践するときは、このあたりをどう考えるのか、議論が必要かもしれません。
今回のATDで印象に残ったもうひとつのセッションは、研修転移で有名なオーストラリアのコンサルタント、Emma Weber(Lever社)と医薬Bayer社(豪州)によるチャットボットを活用した研修転移の事例です。
Emma Weberは研修転移プロセスをTLA(Turning Learning into Action®)という独自のモデルにまとめ、著書もあります。このモデルをざっくり言うと「アクションプランづくり→職場での実践支援→効果測定」というシンプルなものです。どのようなトレーニングにも適用可能としています。
職場での実践支援では、学習者のアクションプランについて、研修後3ヵ月間で3回の電話コーチング(30分/回)セッションを行います。このアクションプランやコーチングの会話に工夫があり、3ヵ月後に研修効果をダッシュボードにまとめて報告するというものです。これまでに延べ1万8000人(6000人×3回)の支援実績があるということです。
6Dsの記事で紹介した次の本の中でも概要が解説されています。
Case D4.8 Emma Weber, How we turn learning into action. The Field Guide to the 6Ds, 2014
Weberは研修転移の電話コーチングの本質は、「学習者自身にふりかえりを促す」ことにあると言っています。また、このチャットボットからのメールは基本的には「問いかけ」であり、学習者が忙しい日常で立ち止まり、じっくりと自分自身に向き合うことを促しているということでした。
ふだん目にするチャットボットはQ&Aでよくある質問に答えるという機能だと思いますが、この研修転移チャットボットは「学習者への問いかけ」が中心です。
医薬Bayer社(豪州)は、営業マネジャーに学習したことを職場で実践して欲しかったわけですが、人に代わってチャットボットが3ヵ月、3回のフォローセッションを行う実験をしました。
その概要はこうです。研修の最後にオンライン上にスマホでアクションプランを作成し、職場に戻ります。2週間くらいするとコーチM(女性のアニメキャラ)が登場し、テキストベースで学習者とアクションプランの進捗についてチャットのやり取りをします。これを3回実施したというわけです。もちろん、学習者には人間ではなくチャットボットからの発信であることを事前に知らせています。
「一体どうなったんだろう?」と気になりますが、事前の予想と実際の結果を示したのが図表5です。予想外に学習者は感情移入したようで、チャットセッションをきちんと実施した営業マネジャーが予想より多かったことがわかります。
チャットボットによるフォローの主なメリット・デメリットは次のようなものです。
メリット | デメリット |
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学習者の53%はチャットボットが個人のアクションプランの進捗に役に立ったと回答しています。また、このメリット・デメリットの内容と同じようなコメントがいくつかあったようです。
効果測定の観点で見ると、この一連のチャットで学習者は職場で実践したこと(3レベル)、具体的な成果(レベル4)、うまくいかなかった阻害要因などを書くと思いますので、貴重な情報を収集できると思います。
さらに詳しい情報が欲しい方はLever社のサイトをチェックしてみると、参考になる記事、動画などが見つかると思います。
最初に見たラーニングジャーニーは、どこからが学習でどこからが仕事なのかもはや境目がわかりません。言わば、「学習→パフォーマンス改善」を追求した究極の姿だと思います。しかし、人材開発部が実務をかなり勉強しないとこの設計は難しいという気がしますし、ラインマネジャーが「学習を利用して業績を改善する」と本気になっていることも必要だと思います。
6Dsの記事を書いているときにも思いましたが、そもそも研修転移の責任は誰が負うのでしょうか?人材開発部なのでしょうか?ラインマネジャーなのでしょうか?双方に責任を押しつけ合っても意味はありません。どのようなお膳立てをすることが人材開発部の役割になるのでしょうか?
それともイベント型の研修をやり続けることで人材開発部の役割を十分に果たしたことになるのでしょうか?
ラーニングジャーニーは人材開発部の役割を改めて問いかけているという気がしてなりません。
チャットボットによる研修フォローは、テクノロジーをうまく活用すれば、少ない人員でも多くの学習者の研修転移ができる可能性を示していると思います。
今回は取り上げていませんが、フランスのforMetrisというコンサルティング会社もセルフコーチングのスマホアプリについて発表していましたので、今後は同様のセッションが増えるかもしれません。
効果測定という視点で見ると、ラーニングジャーニーは直属上司が職場での活用にかかわり続けるので、実際に活用場面を見てフィードバックするでしょうし、学習プラットフォーム上には学習者とのやりとりの記録が残るでしょう。つまり、研修効果が日々上司にも人材開発部にもわかるということです。
また、チャットボットとのテキストベースのやり取りも同じように学習者が実践状況を書いてくれますので、月を追ってレベル3・4の事実が蓄積されていきます。
ひょっとすると、「フォローアンケートを実施して、レベル3・4を測定するというのは既に過去のこと」という時代に入っているのかもしれません。
以上、2つのセッションはいずれも人材開発部内で21世紀のL&Dを議論する好材料だと思います。
ヒューマンパフォーマンスはパフォーマンス・コンサルティングを実践します。
人にかかわる施策、人材開発と事業戦略の連動性を高め、業績向上に貢献することがテーマです。研修効果で悩んだことがある方には有効なフレームワークです。人材開発のあり方や研修の見直しを検討されている人材開発担当の方におすすめです。
お気軽にお問い合わせください。
鹿野 尚登 (しかの ひさと)
1998年にパフォーマンス・コンサルティングに出会い、25年以上になります。
パフォーマンス・コンサルティングは、日本企業の人事・人材開発のみなさまに必ずお役に立つと確信しています。
代表者プロフィール
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