パフォーマンス・コンサルティング

研修転移のモデルと事例をみてみよう-6Ds

2018.1214

●まとめ

  • 研修転移とは、研修で学習したことを実務に活用し、パフォーマンスを改善するプロセスである。
  • 研修転移の古典的な研究(Baldwin and Ford,1988)をひもとくと、30年前から職場での「活用の壁」が議論されていたことがわかる。
  • 現在の研修転移の教科書というべき、The Six Disciplines of Breakthrough Learning, 3rd Edition, 2015(以下6Ds: 6 Disciplines)の概要を理解しておくことは、人材開発の基本といえる。また、The Field Guide to the 6Ds,2014で示されている「研修の前・中・後」の具体的な取り組み、北米・アジア・中東・オセアニア他を含む43の実践事例は、人材開発担当者にきわめて多くの示唆を与えてくれる。
  • 6Dsの内容は多岐にわたっているが、重要なメッセージはふたつある。ひとつは、「『研修は受講者が学んだことを職場で活用してナンボ』であるにもかかわらず、ほとんどの組織は研修をイベントとしてとらえ、研修転移を成り行き任せにしている」という問題提起だ。ふたつ目は、「受講者が研修で学習したことを実務で活用するように、6Dsの6つのフェーズごとに確実に手を打とう」という提案だ。
  • 6Dsの中身は、パフォーマンス・コンサルティング、効果測定のサクセスケースメソッドや新4レベルなどとほぼ同じプロセスであり、立ち位置を変えて「転移」の視点で整理している。
  • 現在の人材開発担当に必要なことは、どのモデルを使うにせよ、「実践」だと思う。
1.研修転移の壁

まずは「研修転移」の定義ですが、ここでは6Dsの次の定義を使います。

「学習転移とは、学習したことを実務に活用し、パフォーマンスを改善するプロセスである」(The Six Disciplines of Breakthrough Learning, 2015)

次に、研修転移の古典的な研究(Baldwin and Ford,1988)をひもといてみましょう。1988年の論文①が有名ですが、20年後の2008年にその後の研究を総括した論文②があります。

① Transfer of Training: A Review and Directions for Future Research, Personnel  Psychology, 1988

②Transfer of Training 1988-2008:An Updated Review and Agenda for Future Research, International Review of Industrial and Organizational Psychology, 2009

1988年の論文①を読むと、30年前から職場での「活用の壁」が議論されていたことがよくわかります。著者のBaldwin and Fordは1901~1980年代の論文をレビューし、過去の研究の問題点を指摘した上で、今後必要な研究の方向性を示しています。

研修転移のプロセスとしては、次の3段階に分け、各段階で転移に関連する要因をあげています。

  1. トレーニングのインプット(①受講者特性、②研修設計、③職場環境)
  2. トレーニングのアウトプット(①知識・スキルの習得、②記憶)
  3.  研修転移(①一般化、②維持)

研修転移の成立条件としては、①学習したことを職場で活用する(一般化)、②学習したスキル・知識を維持する(維持)の2つのことをあげています。

また、論文①では5パターンの「研修転移維持曲線(Transfer Maintenance Curve)」が紹介されていますが、その図を見て思いついたのが次の「図1研修転移の壁」です。論文中のモデルとは異なりますので予めご了承ください。

図1

それでは図1の破線矢印の数字を追ってみていきましょう。

①は研修が終わると、きれいさっぱり忘れるパターンです。
②は職場に戻って活用しようと考えているうちに忘れるパターンです。
つまり、①と②は「活用の壁」を越えられない人たちです。
③は職場で少し活用(一般化)したものの、そのうち使わなくなるパターンです。
④は職場で活用(一般化)して、そのスキルレベルを「維持」するパターンです。
⑤は職場で活用(一般化)して、さらにレベルアップするパターンです。

研修転移を単純化して言えば、この①②③の人たちを極力減らし、できるだけ④に近づけることだと思います。そのためには「研修の前・中・後」でやるべきことがたくさんあり、そのモデル化と実践例を整理したのが「6Ds」だと思います。

論文②では1988年以降の研究動向をレビューし、さらに今後の研究の方向性を示しています。

論文②によれば、トレーニングそのものよりも研修前後の要因のほうが研修転移に対する影響力は強いというのが現在の定説のようです。この論文ではさまざまな角度から受講者や組織の要因が検討されていますので、関心がある方はぜひ原文をあたっていただければと思います。

日本では研修転移の実証的な研究を試みたものとして、以下の論文があります。

『集合研修の転移に関する実証研究1-マネジメントの基礎研修を用いた検討』2015
『集合研修の転移に関する実証研究5-組織ビジョン策定研修を用いた検討』2017
  リクルートマネジメントソリューションズ 組織行動研究所

2.6Ds(6 Disciplines)の概要

現在、6Dsは「研修転移の教科書」的な存在になっていると思います。この「6Ds」の概要と事例を理解することは人材開発担当の基本だと思いますので、下記2冊の概要をみていきましょう。

The Six Disciplines of Breakthrough Learning, 3rd Edition(2015)

The Field Guide to the 6Ds: How to Use the Six Disciplines to Transform
 Learning into Business Results(2014)

上記の①は第3版ですが、以前よりもモデル図がとてもすっきりしました。中国語にも翻訳されています。②の実践ガイドでは、北米・南米・東南アジア・インド・中東・オセアニアを含む43の実践事例が紹介されています。

この43事例は、企業の人材開発スタッフだけでなく、研修コンサルティング会社のコンサルタントも寄稿しています。研修転移を高めるために苦労しているところはどこもほぼ同じですが、6Dsのプロセスごとに見ていくことでポイントがわかりやすくなっています。また、「なるほどそういう手があったか」「木目細かくやっているなぁ」と思わずつぶやいてしまう工夫がいくつも見られます。

この2冊をあわせると983ページあり、内容は多岐にわたっているのですが、独断と偏見で思い切って要約すると、重要なメッセージがふたつあると思います。

ひとつは、「『研修は受講者が学んだことを職場で活用してナンボ』であるにもかかわらず、ほとんどの組織は研修をイベントとしてとらえ、研修転移を成り行き任せにしている」という問題提起です。

「図2イベント発想はやめよう」の①にあるように、従来は研修が終了したら「一件落着」となります。そして、受講者が職場で学んだことを活用するかどうかは成り行き任せになっています。その結果、図1でみたように「活用の壁」を越えられない人たちが出てくるというわけです。

これは研修を「イベント」としてみているからで、6Dsではこのイベント発想をやめようと提案しています。一方、研修は「学んだことを職場で活用してパフォーマンス改善するプロセスである」とみれば、研修終了は②の時点になります。つまり、「活用の壁」を越えたら研修終了というわけです。6Dsではこの「職場で活用=研修終了」を新しいフィニッシュラインにしようと提案しています。

ちなみに図2は6Dsの文献中には出てきませんので、予めご了承ください。

図2

重要なメッセージのふたつ目は、「受講者が研修で学習したことを実務で活用するように、6Dsの6つのフェーズごとに確実に手を打とう」という提案です。

この6つの原則についてかなりのページ数を割いて丁寧に解説しているのですが、思い切って要約したのが次の「図3 6Ds(6 Disciplines)の概要」です。また、各原則に関連して気の利いた警句がたくさん紹介されているのですが、その中から個人的に気に入ったものをひとつずつ入れています。

図3は文献の実際の解説図やモデル図とは異なりますので、予めご了承ください。

図3 6Ds(6 Disciplines)の概要

6Dsの特徴的なことは3つあると思います。
ひとつは研修転移とは言え、「D1:Define 研修成果の定義」という上流から着手していることです。2つ目は、「D2:Design 研修前後を含む学習経験の設計」で研修の設計だけでなく、研修転移を促すための研修前後の仕掛けを同時に設計することです。3つ目は、「D4:Drive 職場での活用を促す構造化」「D5: Deploy 職場での活用を促す支援ツールの展開」で研修転移の具体的なノウハウを提示しているところです。

「研修前後の仕掛け」の具体例が気になると思いますが、その一部をまとめたのが「図4研修転移の主な施策(一部)」です。これも実際には多くの例示がありますので、関心がある方はぜひ原書をあたることをおすすめします。

特に、実践ガイドの方では「ツール」「事例」「実践のためのコツ」と分けて解説されていますので、おすすめです。

図4

また、ATD Webcastのアーカイブに下記のWebinarがありますので、気になる方はこちらもチェックしてみてください。

ATD Webcast:Ensuring Learning Transfer: An Introduction To The 6Ds(会員のみ)

3.6Ds(6 Disciplines)の事例

それでは6Ds実践ガイドの43の実践事例を少しだけみておきましょう。TATAなど1社で複数の事例を提供しているところもありますが、下記図5のような企業の事例が300ページにわたって紹介されています。どの事例も人材開発担当者にきわめて多くの示唆を与えてくれる内容だと思います。

図5

それではリーダーシップ教育で有名なGEのクロトンビルの事例をみていきましょう。図6にあるように、やっていることは事前・事後の上司と部下の話し合いで日本企業でもよくある取り組みです。「ナルホド」と思ったのは以下のような点です。

 

  • 効果測定指標として、研修直後の受講者によるNPS(Net Promoter Score)を使うのではなく、3ヵ月後に上司が部下のリーダーシップ発揮状況を見てNPS評価をする
  • 上司が部下と事前面談するときに、直近の人事評価結果とからめて研修内容を説明するなど、参加意欲を高める話し合いのヒナ型を「1ページ」で提供する
  • 研修中に受講者本人は状況報告のメールを上司に送り、ファシリテーターからも途中経過の報告メールが上司に入る
  • 研修後も上司と部下の話し合いのヒナ型を「1ページ」で提供する

 

ラインマネジャーに「事前に研修の動機づけをしてください」と依頼している企業は多いと思います。しかし、忙しいマネジャーはなかなか簡単に応じてくれません。

 

そこでGEは、マネジャーがすぐに面談できるように、「1ページ」の具体的な話し合いのヒナ型や人事評価結果との関連を示す話し合い例を設計したのです。つまり、忙しいマネジャー向けに「1ページ」の事前・事後の面談支援ツールを作ったわけです。

 

図6は事例から書き起こしたもので、実際にはこの解説図は文献にありませんのでご了承ください。

図6

その他にも興味深い事例がいくつもありました。たとえば、米軍陸軍士官学校のWestpointの例では、リーダーシップ教育の学習目標を見直し、最初から「応用する」ことを学習目標の中に入れました。そして、実際に学んだことを活用し、どのような成果があったのかを問うフォローメールがシステム化されており、その問いかけメールの中身が印象的でした。また、オーストラリアのコンサルタントが実践している職場での「Application Story」「Proficiency Story」をもって研修終了とする考え方も「ナルホド」と思った次第です。

4.職場での活用を促す仕掛けを研修と一緒に設計し、実践しよう

研修転移6Dsの概要をざっと見てきましたが、パフォーマンス・コンサルティングやインストラクショナルデザイン、サクセスケースメソッドなどの効果測定のモデルと何が違うのでしょうか?

単純化しすぎという批判があると思いますが、一目でわかるようにしたのが「図7研修転移6Dsの位置づけ」です。

パフォーマンス・コンサルティングは最上流の「経営との握り」をするところが真骨頂です。インストラクショナルデザインは効果的・効率的・魅力的な学習施策の設計開発をする上で多くの知見があります。効果測定のサクセスケースメソッドやカークパトリックの新4レベルは単に研修実施後の測定を論じているわけではなく、事業ニーズとの連動性を強調し、上流から設計することを提案しています。

図7

端的に言えば、6Dsはパフォーマンス・コンサルティングやインストラクショナルデザイン、効果測定のサクセスケースメソッドなどのよいところを取り入れています。そして、従来とは立ち位置を変えて「転移」の視点で整理し、「職場での活用を促して成果を出しましょう」と提案しているのだと思います。

ちなみにパフォーマンス・コンサルティングの著者、ロビンソン夫妻の名前は本文中に6回、サクセスケースメソッドのブリンカホフの名前は10回登場します。(The Six Disciplines of Breakthrough Learning, 3rd Edition)。また、カークパトリック夫妻はEmiratesの事例を寄稿しています(The Field Guide to the 6Ds,2014)。

すべてのモデルに共通することはふたつあります。ひとつは事業成果を向上させるため、パフォーマンス向上のために行うというビジネス志向です。もうひとつは研修だけでなく、職場環境に対するアプローチを大事にしていることです。

あえて違いを言えば、パフォーマンス・コンサルティングは研修という解決策にこだわりがありませんが、6Dsや効果測定のモデルにはどこか「研修ありき」の雰囲気が感じられるところです。

次々にいろいろなモデルが紹介されて目移りするかもしれませんが、本質的なところは共通していますし、シンプルです。

現在の人材開発担当に必要なことは、どのモデルを使うにせよ、とにかく「実践」だと思います。既に情報はたくさんありますので、人材開発担当のみなさんがよいと思ったものを実践して「実践知」を深めていくことが求められていると思います。

 

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代表者プロフィール

鹿野 尚登 (しかの ひさと)

1998年にパフォーマンス・コンサルティングに出会い、25年以上になります。
パフォーマンス・コンサルティングは、日本企業の人事・人材開発のみなさまに必ずお役に立つと確信しています。

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