パフォーマンス・コンサルティング

研修効果で悩む「前提とパターン」を変えよう

研修効果で悩む「前提とパターン」を変えよう

2022.0110

まとめ

  • 研修効果で悩む人には見直した方がよい「前提とパターン」があると思う。
  • 研修効果で悩む人に多い暗黙の「前提」とは次の3つだ。

-研修部門は存在意義を証明しなければならない

-よい研修を実施することで、従業員は知識・スキルを習得して意識が変わり、望ましい行動に変わる

-カークパトリックの4レベルは「レベル1→2→3→4」という順番で取り組む

  • こうした前提は1990年代くらいまでは一般的だったが、2000年ごろから以下のような考え方に変化してきている
  1. 研修効果測定は結果を活用して、組織業績を改善することが目的
  2. 人の行動と成果に影響する要因は多く、知識・スキルだけでは変わらない
  3. カークパトリックの新4レベルは「レベル4→3→2→1」という順番で取り組む
  • 次に、研修効果で悩む人が陥っていることが多い「パターン」とは次の4つである。

-事業目標と学習の関連性を定義していない
-学習目標の判定基準があいまい
-職場での活用を前提にした設計になっていない
-研修直後アンケート以外の効果測定手法を知らない

  • このようなパターンになるのは、パフォーマンス改善の基本、研修設計・開発の進め方、定性的な効果測定手法などを勉強していないからかもしれない。これらのインプットをしっかりして、自社で研修開発するときには次の4つを実践しよう
  1. 事業目標と学習の関連性を定義する
  2. 学習目標の判定基準を明確にする
  3. 職場での活用を前提に設計にする
  4. 研修直後アンケート以外の手法を取り入れる
  • 貴社の研修開発の現状を点検し、できるところから実践すれば、研修効果で悩むことの中身がきっと変わると思う。

パフォーマンス・コンサルティング、研修企画・設計、効果測定などのお手伝いをしていて感じることですが、研修効果で悩んでいらっしゃる人材開発スタッフには、見直した方がよい「前提とパターン」があるような気がします。以下、順を追ってみていきましょう。

1.研修効果で悩む人に多い3つの前提

まずは、研修効果で悩む人に多い暗黙の「前提」についてみていきましょう。多くの人材開発の方は、おそらく図表1の3つの前提を「当然」だとお考えなのではないでしょうか

図表1.研修効果で悩む従来の3つの前提

確かに、こうした前提は1990年代くらいまでは一般的でしたが、2000年ごろから以下にみるような考え方に変化してきています。

1-1.効果測定は結果を活用して、組織業績を改善することが目的

90年代の研修効果測定の本を読むと、「レベル3・4を測定して効果が見られないときのためにレベル1・2を測定しておこう」「研修のわるいうわさが経営トップの耳に入ると予算を削減されるので、レベル1は大切だ」などと書かれています(Donald Kirkpatrick, Evaluating Training Program、第2版、1998年)。

しかし、2000年代に入り、人材開発の目的が「よい研修の提供」から「組織のパフォーマンス改善」にシフトするにつれて、図表2のように研修効果測定の目的も変化してきました(Robert O. Brinkerhoff, Telling Training’s Story, 2006)。

図表2.現在の前提1:研修効果測定の目的のシフト

研修効果測定の結果によって研修部門の存在意義が左右されるのであれば、どこか防衛的になるでしょうし、「必ずよい結果が出ているはず」というバイアスが生じるでしょう。そして、その思いが強ければ強いほど、実際にその証拠が見つからないときには葛藤が大きくなります。

しかし、研修効果測定の結果がよいにせよわるいにせよ、「そこを起点に組織業績の改善に貢献すればよい」と考えれば、おそらく視野は広がるはずです。また、そうするための手法や理論は整備されてきました

1-2.人の行動と成果に影響する要因は多く、知識・スキルだけでは変わらない

ほとんどの人は「人間の行動を変えるのは難しい」「業績が改善するようにメンバーの行動を変えるのは難しい」と思っているでしょう。ところが、なぜか研修になると誰もが「よい研修をすれば望ましい行動に変わるはず」と考える傾向があります。

しかし、言うまでもなく、現実ではそう簡単に人の行動は変わりません

1990年代半以降、パフォーマンス改善が人材開発の基本的な考え方になり、図表3のような考え方が一般的になっています。

図表3.現在の前提2:よい研修だけでは行動化しない

つまり、よい研修だけでは職場での従業員の行動は変わらないということです。というのも、現実の従業員の行動は、上司や先輩の指示、仕事の進め方、活用する情報システムやツール、評価の仕組みなど、多くの要因の影響を受けているからです。

1-3.カークパトリックの新4レベルは「レベル4→3→2→1」という順番で取り組む

カークパトリックの4レベルの概念的な説明を読んだことがある人は多いと思いますが、実は新しい4レベルのモデルが2016年に出版されています。新4レベルでは、パフォーマンス改善や研修転移の考え方を取り入れてレベルの定義やモデルを一新しています。

その中で、著者Kirkpatrick Jr.が言っているのは、「旧モデルでは『レベル1→2→3→4』の順番で取り組むという考え方が広まっているが、これは間違っている」と述べています。この最大の問題は、研修後にアンケートを取ってから効果測定の取り組みが始まるというところだと思います。

図表4のように、新モデルでは「レベル4→3→2→1」という順番で設計段階から取り組むことを何度も強調しています。著者のKirkpatrick Jr.は「実は父親も『研修設計はレベル4→3→2→1の順番で行う』と明記しているが、正しく理解されていない」と述べています。

図表4.現在の前提3:新4レベルは「レベル4→3→2→1」という順番で取り組む

つまり、研修設計をするときに改善するKPI(レベル4)と職場での実務行動(レベル3)を最初に定義するということです。そして、この改善に必要な学習コンテンツを研修にするのです。さらに、職場に戻ってから実際に学習したことを活用し、レベルアップするまでの仕掛けを研修設計段階でつくっておくというわけです。

要は、研修を実施する前に効果測定が始まっているということです。研修後にアンケートをとって「何か効果と言えそうなものはないかな?」と探すのはもう手遅れなのです。

3レベル(行動)の議論は、図表4のようなスキルの熟達プロセスを割愛した楽観的なものが多い気がします。また、従業員の行動が変化しなければ4レベル(成果・業績)に変化が起きるはずはありませんので、4レベル(成果・業績)だけ切り離して証拠を探すといった議論は論理が破綻しています。

学術的には、1990年代からカークパトリックの「レベル1→2→3→4」という因果関係を否定したり、因果関係は非常に弱いと指摘したりする論文が多数発表されているようです。

 

A Meta-Analysis of the Relations among Training Criteria (1997)
A Review and Meta-Analysis of the Nomological Network of Trainee Reactions(2008)

 

以上より、先に見た「研修効果で悩む3つの前提」は既に過去のものであり、現在の研修効果測定の議論の前提は変化していることがわかると思います。

2.研修効果で悩む人に多い4つのパターン

次に、研修効果で悩む人が陥っていることが多い4つの「パターン」をみていきましょう

 

図表5.研修効果で悩む4つのパターン

2-1.事業目標と学習の関連性を定義していない

ひとつめは、図表6.Aのように「期待する人物像」を重視して研修設計をし、Bのような「事業目標KPI-実務行動-学習」という関連性がよくわからないパターンです。

図表6.悩むパターン1-事業目標と学習の関連性を定義していない

「役割や階層に応じた期待する人物像」から研修を設計すると、短期的な事業戦略に左右されないというメリットがありますが、研修成果は「〇〇意識の醸成」といった抽象論になってしまいがちです。これでは具体的に何が研修成果なのかわかりづらく、効果測定が難しくなります。

さらに言えば、「期待する人物像重視」の研修設計は、そもそも「事業と人材開発の連動」「パフォーマンス改善」といった考え方とは遠いので、効果測定が難しいのは当然なのかもしれません。

2000年以降の人材開発のニーズ分析(パフォーマンス・コンサルティング)や研修設計(インストラクショナルデザイン)の本では、図表6.Bのような「ビジネスと学習の連動」を最初に行うと解説されているのが一般的です。

学習がどのような実務行動の改善につながるのか(3レベル)、それがどのKPIの改善につながるのか(4レベル)を研修設計の段階で明確にしておけば、あとから効果測定で悩むことはないでしょう。

とはいえ、インストラクショナルデザインは幅が広く、研修設計本の中には、原書でもビジネスと学習を連動させる部分をあまり解説していないものもありますので、注意が必要です。

現在は、ビジネスと学習の連動をするための具体的な手法や理論を解説した本がたくさん出ていますので、ぜひ関心のあるものから一読してみてください。

2-2.学習目標の判定基準があいまい

ふたつめは、図表7.Aのように学習目標の判定基準がもともと曖昧というパターンです。

図表7.悩むパターン2-学習の判定基準があいまい

図表7のAとBと比べるとすぐにわかると思いますが、Aは「知識とスキルを習得する」とありますが、何がどうなったら習得したことになるのか判定基準がよくわかりません。基準がないものは測定のしようがないので、これでは効果測定で悩むのが当然でしょう。

一方、Bは「30分以内に修理して、異音振動なく運転される」という判定基準が明快です。このように実務で何ができるようになるのかが明らかであれば、職場に戻って上司や本人も悩むことなく研修効果を判断できるはずです。

2-3.職場での活用を前提にした設計になっていない

3つめは、図表8Aのように知識だけインプットする設計になっており、職場に戻って何をどうすればよいのかわからないパターンです。

図表8.悩むパターン3-職場での活用を前提にした設計になっていない

図表8Aのような「必要な知識はインプットしたので、あとは受講者本人が考えて実践してくれるだろう」という楽観的な設計は、どこか学校教育の延長の感じがあります。優秀な人材の多い伝統的大企業にありがちな気がしますが、知識だけで行動化するのは難しいでしょう。

一方、図表8Bのように研修の中で職場に近い状況設定を行い、スキル活用を練習する設計にしておけば、受講者は職場に戻って何をどうすればよいのか、具体的なイメージをつかめるはずです。

Aのパターンで研修を設計して、「受講者が職場に戻って実務に活用しない」と嘆くのは本末転倒です。わるいのは受講者ではなく、スキル練習をさせない研修設計なのです。

本格的に職場での行動化(3レベル)を目指すのであれば、スキル練習の時間を取ることはもちろんですが、1-3で先に述べたように研修設計の段階から職場での実践を促す仕掛けを周到に設計する必要があります。

たとえば、「学習目標→職場での実務行動→KPI」のつながりを示すマップを人材開発部がつくり、研修の前後で上司がそのマップを使って部下と話し合ったり、研修後にチャットボットを活用して3か月間アクションプランのフォローをしたりと、既に世界各地でさまざまな実践例が出ています。

こうした職場での実践を設計段階から周到に準備するのが研修転移です。

現在はさらに発展し、最初から「上司面談→eラーニング→対面クラス→職場で活用→クラス仲間とのチャットふりかえり→再度職場での活用→対面クラスでふりかえり」といった学習から職場での実践までを構造的に設計した「ラーニングジャーニー」の事例も増えています

最近では、この「ラーニングジャーニー」の設計の仕方を解説した本も出ています。

2-4.研修直後アンケート以外の効果測定手法を知らない

直後アンケート以外の手法として、ここでは、Brinkerhoffのサクセスケースメソッド(Success Case Method)という定性的な効果測定の考え方を少し紹介しておきます。

図9のように、最初に「KPI→職場での実務行動→学習目標」を明らかにする「インパクトマップ」をつくります。研修実施後に、「職場での実務行動の改善」について3~5項目の簡単なアンケートを実施します。その結果から成功事例と思える受講者を特定してインタビューを行い、成功事例と今後のパフォーマンス改善に向けて提案をするというものです。

図表9.サクセスケースメソッドの流れ

直後アンケートよりはかなり手間がかかりますが、戦略に直結した重要な研修などはこうした手法で定性的な情報をまとめ、経営幹部に報告する意味は大きいと思います。

また、具体的なアンケート項目を詳細に検討し、旧4レベルを厳しく批判した本もあります。何でも研修ベンダー任せにせずに、一度きちんと原書をあたって直後アンケートの設計の考え方を確認することをお勧めします。

以上、ここまで見てきた4つのパターンのうち、最初の3つは効果測定の手法の問題ではなく、上流のニーズ分析や研修設計段階の問題ということがおわかりいただけたと思います。また、直後アンケート以外にも行動変化を定性的に測定する手法があることもご理解いただけたと思います。

3.研修効果で悩まないために「前提とパターン」を変えよう

研修効果の悩みとして多い「人材開発部門の存在意義の証明」といった暗黙の3つの前提は1990年代の考え方であり、現在は変わっていることをみてきました。さらに、研修効果で悩む4つのパターンの多くは研修効果測定手法以前の問題ということもみてきました。

これまでの議論を踏まえてどうすればよいのかをまとめたのが図表10です。

図表10. 研修効果で悩まないために「前提とパターン」を変えよう

図表10のプロセスで破線にしたところは、現状では各社であまり実践されていないような気がする部分です。まずは自社の研修開発のプロセスを明確にし、それぞれのプロセスで必要な基礎知識を得ることが必要になると思います。

たとえば、ニーズ分析ではパフォーマンス・コンサルティング、学習設計ではインストラクショナルデザインと研修転移、効果測定ではサクセスケースメソッドなどを基本として学ぶイメージです。

「何だかめんどうだし、難しそうだな」とお感じの方も多いと思いますが、みなさんの先輩は研修直後のアンケートだけで効果測定しようと何年にもわたって苦労してきたわけです。そして、現在も多くのフラストレーションを生んでいます。

ひょっとするとこうした人材開発にかかわる基礎知識が今求められる人材開発担当のスペックになっているのかもしれません。

貴社の人材開発の現状を点検し、すぐにできそうなところから取り組み始めれば、研修効果で悩むことの中身がきっと変わると思います。

ヒューマンパフォーマンスはパフォーマンス・コンサルティングを実践します。

人にかかわる施策、人材開発と事業戦略の連動性を高め、業績向上に貢献することがテーマです。研修効果で悩んだことがある方には有効なフレームワークです。人材開発のあり方や研修の見直しを検討されている人材開発担当の方におすすめです。
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代表者プロフィール

鹿野 尚登 (しかの ひさと)

1998年にパフォーマンス・コンサルティングに出会い、25年以上になります。
パフォーマンス・コンサルティングは、日本企業の人事・人材開発のみなさまに必ずお役に立つと確信しています。

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