2019.0204
●まとめ
-ATDの“State of the Industry Report 2018” -産労総合研究所『企業と人材』の教育研修費用2018 -リクルートマネジメントソリューションズ『人材開発実態調査2017』
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ATDでは企業の人材開発投資と人材開発部門の運営効率にかかわる調査、State of the Industry(以下、Industry Report)を毎年実施しています。日本でも人材開発にかかわる実態調査がいくつかありますが、ここでは産労総合研究所『企業と人材』(以下、『企業と人材』)の教育研修費用2018とリクルートマネジメントソリューションズ(以下、RMS)『人材開発実態調査2017』の3つをとりあげ、比べていきましょう。
まず、この3つの調査のそれぞれのサンプルを図表1で確認しましょう。ご覧のとおり、ATDのIndustry Reportのサンプルは平均従業員数が1.2万人と企業規模が大きく、日本の調査よりもサンプル数が多いことがわかります。特に、Best Award受賞企業(ATDが人材開発の取り組みに模範的な企業を選出し、毎年10月に表彰)45社の平均従業員数は、4万人を超えています。一方、日本の調査はATDに比べればサンプルが少なく、企業規模も小さくなっています。
それぞれの特徴を簡単にみておきましょう。ATDのIndustry Reportは、費用と運営効率についての指標が多く、しかもATD Best Award企業、規模別、業種別、経年の比較ができるのが特徴です。
『企業と人材』の教育研修費用は1976年から毎年実施されており、費用についての全体傾向がわかります。しかし、後ほどATDの調査で見るような多角的な指標はありません。
RMS『人材開発実態調査2017』には研修費用に関する調査項目がありませんが、多くの論点について全体傾向がわかるのが特徴です。しかし、ATDのように定量的に掘り下げて比較できる指標はそれほどありません。
結論を先に言うと、日米の調査では調査設計の考え方が異なり、比較できる指標がほとんどありませんでした。それぞれの調査設計の考え方を独断と偏見でまとめたのが図表2です。
ATDの調査は人材開発投資と部門の運営効率に焦点を絞り、同業他社やATD Best企業と多角的な指標で比較することができます。要は「自社は何が(どの指標が)足りないのか」、すぐにわかるのです。一方、日本の調査は全体の取り組み状況はざっくりとわかるのですが、その先の掘り下げる指標がないため、「何を具体的に改善すればよいのか?」が見えづらいのです。言い換えれば、「他社と同じように○○には取り組んでいる。よかった!」というところで終わるのです。
それでは直接比較可能な指標が少ないながらも、以下5つの観点でもう少し具体的にみていきましょう。どれも人材開発部のマネジャーであれば一度は考えたことがある問いだと思います。
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まずは人材開発投資額からみていきましょう。ATDと『企業と人材』の教育研修費を比べると図表3のようになります。ご覧のとおり、ATDの学習部門直接費は日本の3.7倍近くあります。
とはいえ、よくみるとATDの調査ではL&D(人材開発)スタッフの人件費を入れているのに対し、日本の調査では入れていません。これが最大の違いです。
ここで終わると意味がありませんので、ATDの外部費用比率から外部費用を概算し、『企業と人材』の経年データを重ねてみたのが次の図表4です。
これは厳密性や正確性に欠けますが、外部費用だけを見れば概算でほぼ同じくらいと言えるかもしれません。ちなみに、ヤフージャパンのサイトによると従業員1人あたりの研修費用は6万円(2017年)とありました。
ATD Best企業の従業員1人あたりの費用がATD全体平均よりも安いのは、受講者数が多く、規模のメリットが働いているためだと思われます。尚、調査対象となるATD Best 企業は、毎年入れ替わるので図表4のように数字は年によって変動があります。
ATD全体平均の外部費用比率は25~30%で推移していますが、図表5のように2018年の内部コストは学習部門直接費の65%を占めています。これは、米国企業は内製化している研修が多いことも反映されていると思います。このあたりは日本企業の比較データがほしいところです。
次に、従業員1人あたりのフォーマルトレーニングの学習実施時間(時間/コース×受講者数:例-8時間/コース×100人=800時間)を図表6でみてみましょう。ATD全体平均で34時間、4日間程度の学習投資をしています。そして、ATD Best企業の学習投資はさらに長く、約48時間、6日間です。ちなみに日本企業では、富士通が1人あたり 年間平均学習時間55.7時間という数字が見つかりました(富士通グループ サステナビリティレポート2018)。これも比較できる日本企業の調査データはありませんが、ぜひ見てみたいところです。
次に、人件費・売上・利益に対して、ATDの学習部門直接費はどのくらいなのか、投資比率を図表7でみてみましょう。残念ながら日本の調査では同じ指標がないため比較できません。
人材開発部のマネジャーが集まれば、ときどき「人材開発投資は売上や利益に対してどのくらいが適切なのか?」といった議論がされると思いますが、そんなときにこのデータが参考になるかもしれません。
ここでもATD Best企業の指標はATD全体平均よりも小さくなっていますが、 これはATD Best企業の方が「従業員数、売上、利益」が大きいからだと思われます。つまり、ATD Best企業には高業績の大企業が多いということです。
それでは次に人材開発部門の運営効率をみていきましょう。
まずはL&D(人材開発)スタッフ1人あたりの学習実施時間ですが、図表8のようにATD Best企業は全体平均の1.7倍、L&Dスタッフ1人あたりの学習提供コース時間は2倍になっています。L&Dスタッフ1人あたりの従業員数では両者にほぼ差がありませんので、ATD Best企業の効率のよさが際立っています。
つまり、ATD Best企業では、1人のL&Dスタッフでより多くのコースと受講者を支援しているということでしょう。逆に言えば、それが可能なバーチャルトレーニング(講師がオンラインで多拠点の受講者を一斉に指導する)、オンラインによる自己学習(好きなときにパソコンやモバイル機器で学習できる)をうまく活用しているということだと思います。これは後ほど、データで確認します。
残念ながらここでも日本の調査で比較できるデータはありませんでした。近かったのが『企業と人材』1000号特集の人材開発部門実態調査(2013年)で、日本の人材開発部門のスタッフ人数は、大企業で平均7.4人、中小企業は平均4.1人というデータがありました。とはいえ、この数字だけでは、人材開発スタッフ1人あたりどのくらいのコースや従業員を支援しているのかは何とも言えません。
次に、テクノロジーの活用によりどの程度従来型の講師によるクラスが減っているのかを確認してみましょう。
図表9は学習方法全体を9分類し、全体を100%したときのそれぞれの比率の推移です。ご覧のとおり従来型講師クラスは漸減傾向ですが、50%前後で下げ止まっています。Industry Reportの中では、マネジメントや対人スキルの学習は今でも従来型の講師によるクラスが多いという指摘がありました。
一方でオンラインによる自己学習の実施時間(時間/コース×受講者数)は着実に伸びていることがわかります。具体的にどのような取り組みがされているのかは、「ATD 2017報告-Amazon化・Facebook化するL&DとHR」をご参照ください。
すぐにピンと来ないかもしれませんが、図表10のGEのBrilliant Youの概要をみると少しイメージが湧くと思います。上記コラムATD 2017報告の中でリンクを張った動画をいくつかチェックされることをおすすめします。
次に、先ほどふれたATD Best企業はオンライン学習をうまく活用していることがよくわかるのが図表11です。これも学習方法全体を9分類し、全体を100%したときのそれぞれの比率です(設計時間ベース:例-8時間のコースであれば8時間)。
つまり、ATD Best企業が提供しているコースの41.3%はオンライン学習ということです。
RMS『人材開発実態調査2017』によると、パソコンを使うeラーニングの利用は60%、導入したが効果に不満足43%(1000名以上)、カンファレンスシステムの利用率19.5%、LMSの利用は19.1%です。これだけではどの程度の時間がオンラインで学習されているのか正確にはわかりませんが、米国のようにバーチャルトレーニング(講師主導のオンライン学習)やオンライン自己学習が活用されていればもう少し高い数字になるような気もします。
米国の企業規模、コンテンツベンダーの多さに比べると、日本ではまだ投資に見合うだけの環境になっていないということでしょうか?
最後に人材開発部門が提供している学習コンテンツの違いを図表12でみていきましょう。ATDは学習コンテンツを13分類し、全体を100としたときのシェアで順番をつけています。一方、日本の調査では階層別、目的別、スキル別という区分で、しかもそれぞれの実施状況で順番をつけています。
日本の区分は受講対象者とコンテンツが少し重なっているような気がします。いずれにせよ、ATDとは区分も、測定している指標も異なり、ここでも厳密な比較はできませんでした。
とはいえ、日本の階層別研修は階層に応じたフォロワーシップとマネジメント教育といえるような気もします。目的別の上位やスキル別でもマネジメント関連のコースが多いことから、日米ともにマネジメント教育を重視していると言えそうです。
以上、人材開発部のマネジャーであれば一度は考えたことがありそうな問いについて、日米の調査結果を比較してみました。調査設計の考え方の違いから正確に比較できないものがほとんどでしたが、少し整理すると以下のようになります。
最近ではサステナブル報告書、統合報告者などに研修費や学習時間、研修日数などを記載している会社も増えています。ぜひ、貴社の人材開発投資と部門の運営効率を数値化し、比較してみてください。このコラム記事が職場での議論の材料になれば幸いです。
また、各社でひとりくらいATDメンバーになって、いろいろな調査データの確認、TD誌の購読、Webcastの視聴など、ATDのリソースを使い倒すことをおすすめします。
ATD Research: 2018 State of the Industry (会員はPDF無料)
ATD Webcast: 2018 State of the Industry
また、ATD以外の調査も知りたい方は、下記のUKのデータが参考になるかもしれません。米国とはまた違い、やや日本企業と同じような視点があるように感じます。
U.K. L&D REPORT 2018-Benchmark Your Workplace Learning Strategy
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鹿野 尚登 (しかの ひさと)
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