2020.1025
まとめ
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オンライン研修を落ち着いて考えられる環境になってきました。既存の研修をオンライン化するときのポイントを改めて見てみましょう。
まず、オンライン研修の定義を確認しましょう。
図表1にあるように、オンライン研修といっても多くの受講者が自分の好きな時間に動画再生するWebcastから、15人程度の少人数で講師がライブで実施するVirtual Trainingまでかなり幅があります。
ここでいうオンライン研修は、図表1左上のVirtual Training (バーチャルトレーニング)です。受講者は15人程度の少人数で講師がさまざまな演習を交えて、知識理解にとどまらずスキル習得まで行うイメージの研修です。
結論から言えば、Virtual Trainingの設計・実施で参考になるのは、Cindy Huggettのサイトと本です。Huggett は2000年から20年間Virtual Trainingに取り組んでおり、ATDのセッションやWebcastに数多く登場しています。著書はATDから4冊出版されていますが、最新のVirtual Training Tools and Templates (2017) がお勧めです。
本のタイトルどおり、Virtual Trainingの設計から実施までのチェックリストやワークシート、テンプレートなどがたくさん紹介されています。
学習コンテンツの設計、インタラクティブな演習設計、受講者の事前動機づけなど、実践に基づく参考になる情報が満載です。
Cindy HuggettのサイトではVirtual Trainingのコツを解説した無料のWhite Paperがいくつかダウンロードできます。20ページ弱なので忙しい方にはお勧めです。
3 Simple Steps to Move Training Online
5 Techniques to Design Interactive Online Training
ATD Video(動画)
Trends in Virtual Training: What's Now? What's New? What's Next?
Effective Virtual Training: A Road Map to Success(ATD会員のみ)
Cindy Huggettが述べているコツを思い切って要約すると、既存の研修をオンライン化するときのポイントは大きく言ってふたつあります。
それでは、この2点について順を追ってみていきましょう。
米国のInstructional Designerのおすすめ本ベスト10といった複数のブログに何度も登場したので購入してみました。
レビュアーが言うように具体例やチェックリストが多く、簡潔によくまとまっています。
ただし、箇条書きが多いので、その行間を埋めることのできる人向けだと思います。
「この2つのポイントはもう既にやっていることじゃないか」という方がほとんどだと思いますので、念のため図表2のチェックリストAとBの両方をやってみてください。
チェックリストAはほぼ全員の方がチェックされたと思いますが、Bはいかがでしょうか?人によっては「パフォーマンス目標、条件、判定基準??」「学習モジュール、階層化??」は「初めて聞く言葉」という方もいらっしゃるかもしれません。実はAをインストラクショナデザインの基本に則って細かく手順化したのがBで、実は同じ作業を言っています。
それは図表3~5をみればおわかりいただけると思います。
図表3のB-1のような観点で学習目標を示すことで、学習者は研修後にどのような実務行動がどのくらいのレベルになるのかが明確になります。たとえば以下のような感じです。
パフォーマンス・コンサルティングのフレームを人材開発の実務で使えるようになる 条件:テキスト『パフォーマンス・コンサルティングⅡ』、研修の教材を参考にして |
このような3要素で示した学習目標をパフォーマンス目標と言います。
ここでいう判定基準は平たく言えば研修修了の合格基準です。つまり、事業が育成ターゲットの従業員に期待する行動の発揮レベルであり、学習の成果です。もし、この合格基準があいまいだとすれば、学習成果の再定義が必要です。
学習目標の「判定基準」は効果測定の基準そのものであり、設計全体に影響します。たとえば、初歩的なレベルでよしとするのか、一人前レベルにするのか、ベテランクラスのレベルにするのかによって研修の組み立てが変わります。要求するレベルが上がればそれだけ研修時間もかかるでしょうし、職場での実践練習とフォローアップなど工夫が必要になるでしょう。
研修全体の学習目標が明確になったら、図表3 B-2のように学習モジュール(90分程度の学習単元のこと)をひとつのパーツとしてとらえ、ピラミッド状に整理します。そして、学習モジュールごとにも学習目標を定義し、その単元で何ができるようになるのかを明確にします。
こうして研修全体の全体構成が明らかになり、全体の整合性を判断しやすくなります。
ここまでくれば、それぞれの学習モジュールで行うことの具体的なイメージが湧くはずです。たとえば、〇〇の知識を理解してもらうには講義だけでなくケース研究をした方がよい、△□のスキルを習得してもらうには解説後に実務ケースでロールプレイをするとよさそうなどです。
以上は対面クラスでもやるべき基本的なことです。インストラクショナルデザインの教科書の最初に必ず出てくる内容です。ここをきちんとしておけば、次のオンライン化に向けての検討がしやすくなるというわけです。
おそらく、このプロセスで学習目標に合致していない既存研修の知識やスキルなどが見つかるでしょう。今はジョブ型への移行、DX推進など、仕事そのものが大きく変化する過程なので、既存の学習コンテンツの見直しがより一層重要になっていると思います。
おなじみ熊本大学大学院の鈴木先生のインストラクショナルデザイン(ID)の教科書。
IDの知見を反映した教材作成の基本が解説されています。
「魚釣りの教材」をつくる練習問題を実際にやりながら理解が深まります。
次に、既存の研修をオンライン化するときのふたつ目のポイントをみていきましょう。
学習目標の整理・再定義ができたら、図表4のようにZoomやTeamsなど利用するツールの機能と学習者の特性を考慮して適切な演習を設計します。ここが「言うは易く、行うは難し」で悩みどころです。とはいえ、諸条件の中でクリエイティビティを発揮することになり、おもしろいところです。
たとえば、図表4のように対面クラスでポストイットを使った演習をしていたとしても、学習目標、ツールの機能、受講者特性を考えると、➁や③の展開でよいかもしれません。そうすれば、①のようなブレイクアウトセッション(グループ編集・共有)は必要ないでしょう。
図表5は、学習目標、ツールの機能、受講者特性の観点を少し詳しく書き出したものです。
原書をあたると、実例を交えた研修設計の具体例、テンプレートやチェックリストなどのツールが数多く紹介されています。
実務研修の設計のコツを具体的に解説している本です。
教える知識を「概念」「プロセス」「手順」「原理」などに分け、それぞれのモジュール設計・演習を具体的に解説しています。
写真やイラストが多く、読者向けの理解促進の練習問題があります。第3版でアップデートされています。
受講者分析も学習モジュール設計も概念的にはわかるが、実践で使う具体的な設計テンプレートを知りたいという方にお勧めです。
数多くのテンプレートが紹介されているので、自分にふさわしい設計テンプレートをつくるのに役立つと思います。
マネジメントの基本ができていなければ、オンラインでのマネジメントは不可能です。同様に、研修設計の基本ができていなければ、オンライン研修の設計も不可能でしょう。ここまでみてきた2つのポイントは「研修設計の基本」として必ず実践したいことです。
それではもう少し具体例を見ていきましょう。恥ずかしながら小社でパフォーマンス・コンサルティング・ワークショップをオンライン化するときにつくった設計資料をみてみましょう。
オンライン化するために独自につくった設計資料がいくつかありますが、図表6、図表7はその一部です。
図表6はTeamsでのチャネル設計です。Teamsでもグループ検討(ブレイクアウト)は可能で、このチャネルの機能をうまく使えばとても便利です。
特に便利なのは、Excelなどで演習ワークシートを統一し、あらかじめグループのチャネルごとにファイルを保存しておくと、演習ごとにタブを開くだけで共同編集作業がラクにできることです。ファイルを探して共有のためにクリックする手間はかかりませんし、使い慣れたアプリなので何の説明も必要ありません。グループの成果物の画面共有もスムーズです。
とはいえ、演習をどう再設計するかは、TeamsやWebExなどツールの機能にも影響を受けます。また、オンライン研修でよく使う機能は図表5にあげたようにブレイクアウト以外にも投票・チャット・ファイル注釈機能などいろいろとあります。
図表7は実際の演習設計資料をかなり簡略化したものですが、各学習モジュールの学習目標に照らしながら演習のバリエーションを増やすことを考えました。特に注意したのは「学習者の動線」「事務局の動線」と「チャットでの問いかけの粒度」です。このあたりは多くの方が様々な工夫をされていると思います。
図表8はオンライン研修を実際に実施してみて、研修品質に影響する主な要因を整理したものです。
上半分の「オンライン学習にふさわしい設計」の内容は、どこかで見たり聞いたりされていると思います。一方的な解説時間は長くても7~10分、インタラクティブな演習の比率を多くするところがポイントです。また、オンライン研修のスライドはeラーニングの資料だと思ってシンプルに作成することが重要です。
図表8の下半分はあまり表立って指摘されることはありませんが、受講者と講師の「ツール操作の慣れ」も無視できない要素です。受講者も講師も学習コンテンツに集中できるスピードで操作できれば問題はないのですが、やはり不慣れなうちはもたつきますし、未経験の現象が出たらパニックになるのがふつうです。受講者の操作の慣れ具合によって演習内容を考慮することも必要でしょう。
2020年3~4月はATDでも日本と同じように既存研修のオンライン化が話題になっていました。ATD会員向けのAsk A Trainer(お悩み相談コーナー)のサイトでの解説や動画をみると、既存研修をオンライン化するうえで参考になる情報がたくさんあります。
特に、Tim Sladeの回答は専門用語を使わないのでとてもわかりやすく、人気です。Tim Sladeは高校を卒業して近所のショッピングモールで衣料販売をしていたそうです。そのうち、万引きを見つけて捕まえるという仕事で成果を上げ、そのノウハウをeラーニングにしてくれと言われたようです。それをきっかけに研修設計の猛勉強をしてeラーニングのAwardを受賞したという経歴の持ち主です。
彼とATD会員のやり取りのスレッドを見ると、米国の人材開発担当も困っていることは日本と同じだなと思います。
ATD’s advice column, Ask a Trainer, aims to fix that.
Converting In-Person Training for Virtual Delivery
Tips for Virtual Facilitation
Tim Slade Answers Your Questions About Virtual Facilitation(動画)
研修開発の全体像を知りたい人向け。
専門用語を使わずに、eラーニング開発プロジェクトの始まりから終わりまでを解説。
やや小さめの本で図やメモ欄が多く、実質100ページ程度。
3~4時間でスラスラ読めると思います。
Tim Sladeの自費出版なので、お値段はふつうの本と同じです。
Tim Sladeと同じように、大学でインストラクショナルデザインを専攻しなかった人が「たまたま研修の設計・開発が仕事になった」というときに読む本です。
少し専門用語は入っていますが、できるだけふつうの言葉で研修設計の基本を解説している本です。
初歩的な研修設計の教科書はすでに読み、ガニエの9事象やARCSモデルは概念的に理解したつもりだが、理論を詳細設計にどう落としこむのか具体的に知りたい。また、学習モジュールの階層化(スキルズハイアキー)をしたあと、モジュールごとに解説や演習を設計していく各論を知りたい。そういう方には次のような本が役に立つと思います。
HortonのE -Learning by Design はまさにそうしたニーズにぴったりで、①いわゆる講義中心型、➁実践練習中心型、③学習と職場の連動型と演習タイプごとに分けてとにかく詳細な解説をしています。さらに、学習理解度テストの開発、ゲーム・シミュレーション、モバイルラーニングなどの解説が続きます。
2011年の本ですが、全体で650ページ、Social learningだけで100ページ、ブレイクアウトにもふれたVirtual Classで50ページ割いています。図解が多く、知りたいことのヒントがたくさん詰まっています。演習にもこれほど多くのやり方があるのかと思うほどいろいろと出てきます。
「eラーニング」という言葉は徐々に消えてなくなるだろう。
「eラーニングを利用するかどうか?」という問いは、「学習目標の達成には、どのような学習経験をすることが最も適切か?」という問いに置き換わるだろう。
…という一節がとても印象的です。
オンライン研修で営業やマネジメントの判断や意思決定に役立つスキル演習をつくりたいという方には、Cathy MooreのMap itがお勧めです。著者が民間企業でアカデミックなインストラクショナルデザインの実践に苦労し、ビジネスに貢献すべくトレーニングを通じてパフォーマンス改善を実現しようと、悩み抜いて辿りついたコツを詳細に解説した本です。
特に、職場でよくある初心者が苦労する状況をSME(職場で高い専門性が認められている人)から聞き出し、実践的な判断を問う4択問題(Practice Activity)を作成するコツを解説する部分では、プロジェクトマネジメント、営業中の顧客からの難しい質問、病院内での針刺し事故、米軍将校のイラク駐留時の最前線での判断など、興味津々の事例が登場します。
従来のインストラクショナルデザインの課題を解消するため、独自のアクションマッピングという手法を解説しています。
マインドマップ的に図にしながら全体の構成を考えていく手法が新鮮だと思います。
eラーニングでも対面クラスでも使える演習の設計開発手法です。
熊本大学大学院の鈴木先生のインストラクショナルデザイン(ID)の教科書。
研修設計の教科書として、「学習目標→コンテンツ→練習問題→解説」の見本が示されています。
IDの知見をどう活用するか解説されていますので、原書を読むうえで基礎知識としてお勧めです。
以上すでにご存じの内容ばかりだったかもしれませんが、オンライン化を進めるうえで少しでもお役に立つ情報があれば幸いです。
かつて研修と言えば講師のデリバリ(研修実施)スキルばかりが注目されていました。研修がオンライン化することで、研修の設計品質が今まで以上に問われる時代に入ったと思います。
ヒューマンパフォーマンスはパフォーマンス・コンサルティングを実践します。
人にかかわる施策、人材開発と事業戦略の連動性を高め、業績向上に貢献することがテーマです。研修効果で悩んだことがある方には有効なフレームワークです。人材開発のあり方や研修の見直しを検討されている人材開発担当の方におすすめです。
お気軽にお問い合わせください。
鹿野 尚登 (しかの ひさと)
1998年にパフォーマンス・コンサルティングに出会い、25年以上になります。
パフォーマンス・コンサルティングは、日本企業の人事・人材開発のみなさまに必ずお役に立つと確信しています。
代表者プロフィール
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