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まとめ
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2025年はロビンソン夫妻の『パフォーマンス・コンサルティング』初版(1995)が出版されて30年です。その軌跡を独断と偏見で、図表1のように10年刻みで整理してみました。
1995年からの10年は、初版の出版後から米国の人材開発関係者の間でパフォーマンス旋風が巻き起こり、ASTDは2000年以降この考え方をHPI(Human Performance Improvement)として取り込みました。言ってしまうと、パフォーマンス・コンサルティングはいきなりASTDの主流に躍り出たような感じです。
2005年からの10年では、パフォーマンス・コンサルティングの実践ツールが進化し、HPIはASTDの基本スキルとして定着していきました。

2015年からの10年では、パフォーマンス・コンサルティングは新しく発表された研修設計、研修転移、効果測定のプロセスやモデルに埋め込まれ、日常業務の中で地道に実践が進むようになっています。
尚、図表1~12は独自に作成しており、原著にないものが多数ありますので、あらかじめご了承ください。それでは、順を追ってもう少し詳しくみていきましょう。
最初に、図表2の「パフォーマンスの定義」をみておきましょう。

ここでいうパフォーマンスは「組織で働く従業員のパフォーマンス」です。政治家・俳優・音楽・スポーツ選手・パソコン・金融などの世界でいうパフォーマンスではありません。
パフォーマンスには実務行動と成果の二つの要素があります。大事なことは、実務の行動の結果、成果が生まれるということです。もっと言うと、従業員の成果を改善しようと思えば、実務行動を改善しなければならないということです。
そして、最も難しいのは従業員の日々の実務行動を成果が高まるように変えることです。
パフォーマンス・コンサルティングの本質は、「事業戦略を実行する従業員が高い成果を生み出すように実務行動を改善する」ということです。厳密な定義は別途あるのですが、あまり堅苦しくならないように、図表3では平易な言葉で整理しました。

どんなものかをざっとみたところで、なぜ『パフォーマンス・コンサルティング』が1990年代半ばから旋風を起こしたのかをみていきましょう。
図表4は初版出版(1995年)当時の人材開発部門の状況とパフォーマンス・コンサルティングが提唱したことを対比させたものです。

当時の人材開発部門の名称は、トレーニング部とかHRDと言われていましたが、「パフォーマンス改善部門」に刷新し、スタッフはパフォーマンス・コンサルタントになってビジネスに貢献しようという提案をしました。
もう少し言うと、まず経営幹部の「研修の要望」の裏にある、改善したいKPIと重要な実務行動を明らかにします。そして、あるべき姿と現状のギャップの原因を従業員の能力と職場環境の観点から分析し、それぞれに手を打つというものです。
初版では読者がすぐに実践できるように、具体的な4つのニーズ、ビジネスと従業員のパフォーマンスの関係を俯瞰するマップ、現状分析アンケートの設計やインタビューの手順・質問例を解説しました。その結果、多くの人材開発関係者が色めき立ったというわけです。
図表5は、初版で紹介されていた事例を思い切って単純化したものです。これは書籍にある解説図と全く違うものなので、ご留意ください。

この例では、まずは石油販売会社の経営幹部から研修の相談を受け、事業が求めるKPIを特定し、そのKPI改善のカギを握る地区マネジャーをターゲットとしています。
現状分析では、高業績の地区マネジャーのコツ(重要な行動)をモデル化し、平均的な地区マネジャーとの行動ギャップを明確にします。そして、そのギャップの原因を見つけ、解決策を明らかにするのです。
平たく言うと、平均的なパフォーマーの「重要な行動にもかかわらずスキルが低い」行動を明らかにし、その原因に対する打ち手を見つけるということです。
図表5の現状分析1をみてわかるように、パフォーマンス・コンサルティングでは「店長が抱えている人事・労務の問題などの相談に乗り、適切なアドバイスをする」「ガソリン、付帯商品の価格設定、販売戦略について助言する」といった具体的な高業績のコツ(重要な実務行動)を明らかにします。これが大きな特徴です。
次に、図表5の現状分析2にあるように、ギャップの原因として、個人の要因と職場環境の要因を特定します。
そして、解決策では原因の「従業員の知識・スキル不足」、「職場の上司の指導」などに対して手を打つという流れです。
骨太になぞってみると、Should-Is-Causeのとても常識的な問題解決のプロセスです。パフォーマンス・コンサルティングでは、様々な企業のパフォーマンス改善の事例がありますが、骨格は図表5のようなイメージです。
このPerformance Consulting、初版(1995)は、非常に大きなインパクトをもたらしました。スペイン語、アラビア語、中国語、日本語に翻訳され、世界で6万部以上売れました。
ASTDカンファレンスでは、2000年前後から、パフォーマンス・コンサルティングやHPIの実践事例が発表され、2000~2003年の4年間はPerformance Consulting、2004年以降はPerformance Improvementという発表セッションのトラックが設定されました。
さらに、パフォーマンス・コンサルティングの実践者が増えるにつれ、2004年頃からISPI はCPT(Certified Performance Technologist)、ASTDはCPLP (Certified Performance and Learning Professional)といった資格認定を始めました。
ASTDはロビンソン夫妻のこれらの業績を高く評価し、Distinguished Contribution to Workplace Learning and Performanceという賞を贈っています。
著者、ロビンソン夫妻の初版の思いは、結びの次の一文に凝縮されています。
| 本書がトレーニングから、パフォーマンスのプラットフォームに到達するためのコンセプトやコツを読者に提供できたこと、そして、読者がトレーニングからパフォーマンスの世界へ進もうという気になっていただけたことを心より願っている。 |

1990年代半ばから「Performance」が書名や副題に登場する書籍が多数出版されたのですが、上記の本はその一部です。
大きな流れとしては、1990年代の冒頭からISPIのHPT(Human Performance Technology)があり、1995年にパフォーマンス・コンサルティングが出てブレイクし、ASTDがこの潮流を取り込んでHPI(Human Performance Improvement)に収斂させていったと言えます。ASTDはASTDコンピテンシーにHPIを取り込み、HPI入門書も出版するなど、HPIの標準化に向けて加速していきました。
パフォーマンス・コンサルティングの背景はこちらをクリック
『パフォーマンス・コンサルティングⅡ』第2版(2008)では、実践プロセスが定義され、さらに現状分析ツールが非常に洗練されました。
たとえば、GAPS!マップ、ギャップ解消モデル、ニーズの階層構造といった有名なツールがあります。
意味的には、図表6にあるような「経営幹部とのパートナリングのコツ」「パフォーマンス現状分析のコツ」など、多くの事例を交えてこれでもかと解説されています。
パフォーマンス・コンサルティングⅡ(第2版)詳しくはこちら

第2版でも多くの実践事例が紹介されているのですが、上流部分を超圧縮したのが図表7事例②です。
図表7は、経営幹部から「保守技術担当400人の生産性を改善したい。そのために、既存の研修を見直したい」という要望で始まっています。ここで大事なポイントは、すぐに研修の内容を詰めるのではなく、「経営が望む成果と支援スコープ」を先に詰めることです。

そして、パフォーマンス現状分析では経営が目指すKPIと重要行動を特定し、目指す姿と現状のギャップ、ギャップの原因を深く掘っていくのです。
図表7では、保守技術担当の生産性が低い原因として、故障診断ツールのデータ分析の知識・スキル不足はあるものの、職場での上司の指導不足やそもそも交換部品のサプライチェーンにも問題があったという例です。
したがって、解決策は保守技術者だけでなく、上司にもコーチング研修を実施し、サプライチェーンの協力会社の見直しも施策の一つになるというわけです。
第2版では、パフォーマンス・コンサルティングの基本概念、モデルを活用するロジック、現場で実践するときの関係者への質問例が、「GAPS!マップ」を軸に展開されており、初版よりも全体像がとてもわかりやすくなりました。
次は『パフォーマンス・コンサルティングⅡ』(2008)の結びの一文です。
| パフォーマンス・コンサルタントにとって、未来はチャンスにあふれている。今後、様々な企業が、競争の激しいグローバル市場で、高い業績をあげようとする。そして、様々なスキルギャップが生じ、企業が確実に成功するために必要な人材の確保やリテンションは難しくなるだろう。企業のトップはパフォーマンス・コンサルタントのような人材に目を向けるようになるだろう。トップは次のことが確実にできるように、助けてほしいと思っているのだ。それは、適切な人材が、適切な職務に、適切な能力を身につけて、タイムリーに就いているという状態だ。 |
何か人的資本経営と通ずることを言っていますが、2008年当時、米国のタレントマネジメントが人事・人材開発の主流になる予兆をとらえ、著者はこう述べたのだと思います。
図表8のASTDコンピテンシー2013では、HPIがますます重要なスキルとして定着していきました。

ASTD2013コンピテンシー詳しくはこちら
ASTDコンピテンシー2013のコンセプトは、「学習はヒューマンパフォーマンスの改善の一手段であり、人材開発の役割は多様な解決策を組み合わせて職場のパフォーマンス改善を行い、業績貢献することにある」というものです。
基盤コンピテンシーのビジネススキルにはパフォーマンス・コンサルティングでいうギャップ分析、原因分析、ソリューション選択に相当するものが多く含まれています。
また、専門コンピテンシーは、このビジネススキルを前提とするものがほとんどです。
図表9では、少し先走って2019年版も含む3回のASTDコンピテンシー調査で行われた、重要度の高い上位7項目の推移を整理しています。ちなみに、「パフォーマンス改善」は連続して登場しており、この20年間、パフォーマンス・コンサルティングは重要なコンピテンシーとして定着したことがわかると思います。

ATD2019ケイパビリティ詳しくはこちら
ここまでみてきたように、2005年以降はパフォーマンス・コンサルティングが洗練されていき、ASTDコンピテンシーにも定着しました。さらに、2冊のASTDハンドブック(2008、2014)でのHPIの扱いは大きく、不動の位置づけが固まったように見えます。
図表9にあるように、ASTDでは長年インストラクショナルデザインが研修設計の基盤として重要なコンピテンシーですが、HPIもその基盤の一部になったと言えると思います。

そして、HPIは研修効果測定や研修転移のモデルにも浸透していきました。
上記の本の画像の上段中央のTraining on Trial(2010)では、研修効果測定で有名なジム・カークパトリックがビジネスパートナーの考えを取り入れようと提唱しています。この本は後のカークパトリックの新4レベル(2016)の伏線となる本です。
また、研修転移ではキャル・ウィックらが最上流でビジネスと研修を連動し、研修設計・研修実施・研修転移・効果測定を一貫して行う「6Ds :Six Disciplines」を提案しました。6Dsは3版を重ね、フィールドガイド(2014)も出版しました。
6DsはまるごとHPIのコンセプトなのですが、フィールドガイドをみると、北米だけでなく、欧州、アジア、南米、オセアニア、中近東と世界中で様々な研修転移の工夫がされていることがわかります。つまり、HPIの考えは世界的な広がりをみせてきたのです。
研修転移6Ds 詳しくはこちら
パフォーマンス・コンサルティングⅡ
事業成果・研修効果にこだわる人事・人材開発スタッフに、おすすめの一冊です。ビジネスと人材開発の連動を高めるための具体的なコツを整理した本です。
人材開発の上流で役立つ情報が満載です。
Performance Consulting、第3版(2015)では、インストラクショナルデザインのディック・ハンショー、ROIのフィリップス夫妻との共著になりました。いずれもロビンソン夫妻とは旧知の間柄です。
第2版(2008)までは、上流での経営幹部とのパートナリングとパフォーマンス現状分析が中心の内容でしたが、第3版では効果測定のROIまで扱っています。
図表10は、初版と20年後に出た第3版との違いをみるために、何がどのように変化したのか、4点で対比したものです。
パフォーマンス・コンサルティング第3版はこちら

ひとつ目の違いは、第3版では読者層が人材開発担当だけでなく、HRやTD、ODにも広がったことです。ふたつ目は、実践企業が米国以外に広がり、世界的に実践例がみられるようになったことです。3つ目は定義ですが、従業員のパフォーマンスだけでなく「組織」のパフォーマンスも強調しています。4つ目は初版ではあいまいだったプロセスが、第3版では4フェーズ9ステップと明確になり、戦略レベルの取り組みとしたことです。
第3版の結びでは次のように述べています。
| 結局のところ、過去やってきたような仕事をするのか、リスクをとり勇気を奮ってこれまでとは違う仕事をするのかは、読者であるみなさん次第だ。この勇気は「重要な成果に集中し続ける」と決心することから始まる。つまり、集中すべきことは、従業員個々のパフォーマンス向上に取り組み、そのパフォーマンス改善が続くように職場・組織の支援を最適化し、高い事業成果を達成することである。ソリューションは目的に対する手段である。ソリューションは目的ではない。この本で学んだことを読者の日々の業務でぜひ実践していただきたい。 |
第3版がきっかけかどうかわかりませんが、このあと出版される研修設計と効果測定の書籍にはパフォーマンス・コンサルティングと一体化したモデルやプロセスが続々と登場します。
図表11は、そうした2015年前後から登場する研修設計・効果測定の様々なモデルやプロセスを思い切って簡略化したものです。

平たく言うと、上流でのパフォーマンス・コンサルティング的なニーズ把握が必須となり、次に研修設計だけでなく研修転移や効果測定も上流で設計します。そして、研修実施後は職場実践(研修転移)でしっかりと行動の変化とKPIの変化をフォローし、その結果を効果測定として確認するという流れです。
まず、研修設計のモデルからみていきましょう。
図表12はオーエンとカダキアの二人が考案したOK-LCD(2020)という学習設計プロセスを簡略化したものですが、パフォーマンス・コンサルティングの考え方がふたつ埋め込まれています。
研修設計OK-LCD 詳しくはこちら

ひとつは、研修設計の最初に、ビジネスのKPIと重要な実務行動を学習目標に組み込むところです。
ふたつ目は、学習クラスタの設計で、①研修で学ぶ、②他者から学ぶ、③自分で調べて学ぶという3種類の学びを用意するところです。言うなれば、①単発の研修だけではなく、職場での学び②③を広くとらえて設計するのです。ここにパフォーマンス・コンサルティングの「研修+職場環境への打ち手」という考え方が見られます。
次に、今度は研修効果測定のモデルをみていきましょう。
図表13は、先にふれたカークパトリックの新4レベル(2016)のプロセスを整理したものです。このプロセスの中には、パフォーマンス・コンサルティングの考え方が三つ埋め込まれています。
カークパトリックの新4レベル 詳しくはこちら

ひとつ目はBeforeで研修成果とするKPIと重要行動を設定し、ビジネスと学習施策を連動させるところです。ふたつ目は、Beforeで職場の促進・阻害要因を調べ、職場環境への打ち手を設計するところです。
3つ目は、研修後、職場実践、研修転移を確実に実行してKPIと重要行動を改善するところです。これは「研修+職場環境への打ち手」の展開そのもので、新4レベルはパフォーマンス改善と研修効果測定が一体化していることがよくわかります。
フィリップス夫妻のROIは第3版の中に含まれているので、パフォーマンス改善と研修効果測定ROIが一体化していることは言うまでもありません。
フィリップスのROI 詳しくはこちら

2015年以降に出版された上記の本は良書ばかりです。キャシー・ムーアのMap It(上段中央左)、シンディー・ハゲット(上段中央右)、シャロン・ボーラー(下段左から2番目)の研修設計のモデルもパフォーマンス・コンサルティングの考え方が埋め込まれていることがよくわかります。
他にも研修転移が発展したラーニングジャーニー(上段右から2番目)、研修指標のダッシュボード化を提案したもの(下段中央右)、人材開発部門を戦略実行支援部門に変革する実践事例をまとめたもの(下段中央左)などがあります。
ここまで見た大きな流れに加えて、2019年にATDケイパビリティが更新され、コロナの影響によるオンライン化が進み、ATDハンドブックが2022年に出版されました。
コロナを挟んで、「人材開発の基本」はこの10年間で大きく塗り替わった感じです。原書では日本企業の人的資本経営に役立ちそうな「ナルホド」という事例を多数見ることができますので、おすすめです。
コロナ後の人材開発の基本 ATDハンドブック2022 詳しくはこちら
パフォーマンス・コンサルティングの初版が出版されて30年たち、現在では次の3つの重要な考え方が実務に埋め込まれ、当たり前になったと言えます。
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「ビジネスと人材開発の連動」を口で言うのは簡単ですが、実践は難しいものです。
パフォーマンス・コンサルティングの価値は、「ビジネスと人材開発の連動」を実践するための具体的な現状分析ツールや幹部ヒアリングのコツにあると思います。
「ビジネスと研修の連動性の良否を何で判断していますか?」という問いにすぐに答えることができなければ、パフォーマンス・コンサルティングを学ぶ価値はあるでしょう。
日本企業においてもビジネスと人材開発の連動が基本動作になった現在、パフォーマンス・コンサルティングの知識・スキルを使い倒すべきだと思います。
パフォーマンス・コンサルティング研修 詳しくはこちら
ヒューマンパフォーマンスはパフォーマンス・コンサルティングを実践します。
人にかかわる施策、人材開発と事業戦略の連動性を高め、業績向上に貢献することがテーマです。研修効果で悩んだことがある方には有効なフレームワークです。人材開発のあり方や研修の見直しを検討されている人材開発担当の方におすすめです。
お気軽にお問い合わせください。

鹿野 尚登 (しかの ひさと)
1998年にパフォーマンス・コンサルティングに出会い、25年以上になります。
パフォーマンス・コンサルティングは、日本企業の人事・人材開発のみなさまに必ずお役に立つと確信しています。
代表者プロフィール
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