パフォーマンス・コンサルティング

事業成果に貢献する人材開発部門になる

2013.1.26

以下は企業と人材~特集:人材開発部門の仕事を見直す~』2012年5月号に執筆した解説記事を同誌の許可を得て掲載しています。

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●記事ポイント
  • 従来の「よい研修をたくさん実施すれば従業員の行動と成果は改善する」という前提を見直そう
  • 事業成果に貢献しようと思うのであれば、①事業ニーズ、②パフォーマンスニーズ、③職場環境ニーズ、④能力ニーズを把握しよう
  • 事業成果に貢献していくために、人事・人材開発にかかわる組織、部門間の連携、私たち自身の仕事の進め方や能力開発を再考しよう
「研修成果が見えない」という議論

 

「研修はかなり実施しているが、成果が見えない」という話は以前多い。どうすればこのような議論から脱却し、次のステップに行けるのだろうか?

この議論に入る前に少し考えいただきたいことがある。現在、貴部門で実施されている研修や人材開発施策は、図表1で言えば、どのあたりに位置づけられるだろうか?総じてみて、貴部門は学習重視なのだろうか、成果重視なのだろうか?


このように聞けば、多くの読者は「言うまでもない、成果重視だ」とお答えになるだろう。では、「成果重視」と答えた読者におたずねしたい。次の2つの問いに明確に答えられるだろうか?

  • 貴社では研修成果をどのように定義しているか?
  • 貴社の人材開発施策は事業目標や戦略とどのような関連があるのか?

研修成果を漠然と「行動化」「業績向上」と捉えているだけでは、上記の問いにはおそらく即座に答えることができないだろう。しかし、冷静に考えてみれば、「成果」は事業目標や戦略に貢献するものであって然るべきだ。この当たり前すぎることが言えないのは、人材開発施策を企画するときに図表2のような抽象度の高い思考パターンに陥っているからかもしれない。

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図表2のように全社の経営戦略からいきなり必要な研修を導こうと思っても雲をつかむような話で難しい。ところが、特定の事業部に対象を絞り、「この事業部の戦略を実現する上で、営業部の従業員に必要な行動は?」「事業部の目標達成のために、主任層が強化すべきマネジメント行動は?」という問いに置きかえればずっと考えやすくなる。


実は、人事・人材開発施策を通じて事業成果に貢献するためには、いくつかおさえるべきポイントがある。以降は、そのポイントについて順を追ってみていこう。

 

従業員の行動と成果と教育研修ニーズ

 

まず、従業員がどうやって成果を生み出しているのかを考えてみよう。どのような職種の従業員も日々実務を行うことで成果を生み出している。営業担当であれば、顧客情報を調べて訪問し、顧客の悩みを聞き出し、提案書を作成して、受注する。ここで言う成果は受注だけでなく、提案書のような中間成果も含む。いずれにせよ、このような実務行動の結果、成果を生み出している。

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これを図式化したのが図表3だ。これはトーマス・F・ギルバートの有名なパフォーマンスの定義である。「パフォーマンス」という言葉は厳密な定義がされずに使われている場合が多く、人によってその重心が「成果や業績」にあったり、「行動」にあったりするので注意が必要だ。ここでは、実務行動とその結果である成果の両方を含むことを覚えておいていただきたい。

大事なことは、成果は何らかの実務行動の結果だということだ。言い換えれば、成果を変えるためには従業員の行動を変える必要がある。先の営業部の例で言えば、営業担当の行動の量・質・種類のどれかが変わらない限り成果は変わらないということだ。

しかし、従業員の行動を変えるのは難しい。少なくとも「研修だけでは従業員の行動は変わらない」ことはご存じのとおりだ。つまり、研修という「知識・スキル」の提供や「意識づけ」だけでは変わらないということだ。よく聞くように、職場環境の要因や従業員個人の要因もある。

したがって、「教育研修ニーズ」だけを把握しているのでは事業戦略の実現に役立つように従業員の行動を変え、成果を高めることはそもそも難しい。もっと言えば、今人材開発スタッフに必要なことは、「教育研修ありき」の発想を暗黙のうちに促している「教育研修ニーズ」という言葉を一度忘れることなのかもしれない。

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補足だが、ここで言うニーズとは、図表4.のように「あるべき姿」と「現状」のギャップのことを言っている。また、現状を改善する「機会」も含むものである。ただし、次に出てくる図表では、もう少し広義の意味で使っている。

 

まずは事業目標とターゲットの従業員に必要な行動を考えよう

 

ではどのように考えればよいのかを次にみていこう。結論を先に言えば、人事・人材開発施策を通じて成果を高めようと思うのであれば、図表5の4つのニーズに分けて考えるとわかりやすい。

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まずは事業ニーズである。これは特定の事業部の事業目標のことであり、多くの場合は売上・コスト削減額・開発納期順守率などの業績管理指標で表される。また、その目標に対する現状の進捗、そのギャップも含んでいる。

2つ目はパフォーマンスニーズである。これは事業目標達成のカギを握っているターゲットの従業員に求められる実務行動と成果のことだ。たとえば、ソリューションサービスの拡販を目指している事業部の営業担当であれば、「顧客のIR情報の中期戦略をしっかり読み込み、仮説を持って訪問する」「クライアントの最大の悩みが確実に解決される根拠が明確な提案書を作成する」というような行動が求められるだろう。また、こうした期待される行動に対し、現状の行動も含んでいる。

3つ目は職場環境ニーズである。これは事業目標達成やそのために必要なパフォーマンス(実務行動と成果)の発揮を阻害したり、促進したりする組織内部の要因である。たとえば、営業担当がターゲットの従業員であれば、上司のマネジメント、評価の仕組み、業務フローそのもの、顧客情報を調べるデータベースなどのことである。

4つ目は能力ニーズである。これは事業目標達成に必要なパフォーマンス(実務行動と成果)の発揮を阻害したり、促進したりする従業員個人の内的要因である。いわゆる知識・スキルだけでなく、個人の資質や特性も含むものであり、教育研修ニーズより広い概念である。

 

重要なことは2つある。


1つはこの4つのニーズをみていく順番だ。まずは、事業ニーズとパフォーマンスニーズを明らかにする。言い換えれば、最初に事業目標とターゲットの従業員に必要な行動を考えるということだ。つまり、図表3のパフォーマンスの定義でみたように、生み出すべき成果とその成果に必要な実務行動を先に考えるのだ。というのは、この2つが私たち人事・人材開発スタッフが目指すべき目的になるからだ。

たとえば、システム開発事業部の目標が納期短縮(事業ニーズ)であれば、そのカギを握るプロジェクトマネジャーに必要なマネジメント行動(パフォーマンスニーズ)は何かを第一に考えるのだ。その結果、納期を短縮するためには、マネジャーがチームリーダーの力量に応じてきめ細かく指導するといった行動が必要だとわかるかもしれない。

 

もうひとつ大事なことは、図表6のように4つのニーズの整合性をとることだ。目的とする事業ニーズとパフォーマンスニーズを明らかにしたら、次は事業目標の達成やそのために必要な従業員の実務行動を妨げている組織内部の要因や個人の要因を把握し、取り除くということである。

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たとえば、先のプロジェクトマネジャーの例で言えば、兼務メンバーの呼び出しが多かったり(職場環境ニーズ)、期中に他部門の影響で仕様変更が頻繁に発生したり(職場環境ニーズ)するという阻害要因(原因)があるかもしれない。また、プロジェクトマネジャー自身に部下のチームリーダーをコーチングするスキルが欠けていたり(能力ニーズ)、ストレス耐性が弱かったり(能力ニーズ)するといった阻害要因(原因)があるかもしれない。このように問題をシステムとして捉え、その原因を取り除くことで、プロジェクトマネジャーに必要な行動の発揮(パフォーマンスニーズ)を促し、納期短縮(事業ニーズ)につなげるのだ。


このように4つのニーズを連動させて考えると、「事業目標~ターゲットの従業員に必要な行動~職場環境と従業員の能力の関係」がわかりやすい。


ここで冒頭の2つの問いに戻ってみよう。仮に、プロジェクトマネジャー向けにコーチングの研修をするとしたら研修成果はチームリーダーの育成度合い(具体的な指標を別途決める必要があるが)と定義できるだろう。また、この研修は開発納期の短縮という事業目標に連動していることがすぐに言えるはずだ。ただし、研修は必要な解決策の一部であり、その他に兼務メンバーの所属する部署との調整やマネジャー任用の要件の見直しといった打ち手も必要になるかもしれない。


既にお気づきのように、事業成果に貢献しようと思えば、このような職場環境ニーズや能力ニーズを把握することが必要になり、それは研修の提供だけにとどまらず、幅広い解決策をシステムとして提案することになる。つまり、それは従来の人材開発部門のミッション、組織、仕事の進め方などをもう一度見直すことにつながる。

 

事業成果に貢献する部門になるために

 

では、事業成果に貢献する部門とはどのような部門なのか、全体像をみていこう。図表7.は従来の人材開発部門と成果重視の人材開発部門の特徴を対比させたものである。わかりやすくするために、従来の人材開発部門についてやや極端に述べていることをご容赦いただきたい。

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成果重視の人材開発部門とは具体的にどのような仕事をする部門なのかもう少しイメージしてみよう。たとえば、読者がコールセンターの責任者から顧客満足度を上げるためにオペレーターに応酬話法の研修をしてほしいと依頼されたとしよう。成果重視の部門であれば、すぐに研修の話をしない。まずは、顧客満足度向上に取り組んでいる背景やその現状(事業ニーズ)、顧客満足を高めるためにオペレーターが実務でやるべきことやその現状(パフォーマンスニーズ)を調べていく。そして、オペレーターが実務でやるべきことをできない原因が職場(職場環境ニーズ)やオペレーター自身(能力ニーズ)にないか調べる。つまり、問題の原因をしっかり分析する。その結果、オペレーターの応酬スキルに問題があれば研修をするし、顧客対応の質よりスピードを要求する上司のマネジメントに問題があればそこに手を打ち、効果を測定するというイメージになる。


したがって、人材開発スタッフの仕事の中心は研修を企画する前段階で、経営幹部や現場の担当にインタビューしたり、いろいろと調べたりして、4つのニーズを把握することになる。それだけ手間暇をかけても本当に事業成果に役立つ施策を実施できればよいわけだ。


大事なことは「部門としての焦点」と「人の行動と成果に対する仮説」である。この二点をどうとらえるかによって、ニーズ把握、仕事の進め方、提供するものが変わる。優劣は一概に言えない。現在の企業を取り巻く競争環境でどちらの方向に舵を切るのか、もしくは双方のウェイトをどのくらいの割合で部門を運営するのかは各企業が決めることだろう。


いずれにせよ、事業成果に貢献しようと思うのであれば、人事・人材開発スタッフとして再考すべきことがある。1つは人事・人材開発にかかわる組織の在り方だ。ここでみてきたニーズ把握や仕事の進め方を機動的に実践できる組織をつくることを考えた方がよいかもしれない。もう1つは部門間の連携だ。実のある解決策を提供しようと思えば人事と人材開発の連携だけでなく、事業ラインとの連携が一層求められるようになるだろう。さらに、私たち自身に要求される知識・スキルの中身やレベルがおそらく変わるはずだ。

 

小さな第一歩から実践しよう

ここまで述べてきたことはデイナ・G・ロビンソンとジェームス・C・ロビンソン両氏が20年以上の実践を通じて著した『パフォーマンス・コンサルティングⅡ』の基本とする考え方である。この著書では、4つのニーズを明らかにし、適切な解決策を見つけていくための実践的な分析ツールや効果的なインタビューの仕方など、人事・人材開発スタッフが成果重視のアプローチを実践するための数多くのコツが紹介されている。
ロビンソン両氏は小さなプロジェクトから実践を始め、具体的な成果を生み出すことを勧めている。筆者としては、ロビンソン夫妻の次の言葉を考えてみることをまずはお勧めしたい。

経営幹部は、事業目標を達成するにはどの従業員グループがカギになるのかわかっている。 しかし、その従業員グループが今より「何をたくさん行う必要があるのか?」「何をレベルアップする必要があるのか?」「何を違うやり方にする必要があるのか?」はあまり考えていないかもしれない。 ——『パフォーマンス・コンサルティングⅡ』2010年

もし、この状況が読者にも当てはまるのであれば、この3つの問いを考えていただきたい。言い換えれば、事業ニーズとパフォーマンスニーズをしっかりと考えるということだ。もし、この問いの答えが見つかれば、おそらく、経営に対する貢献の仕方が変わってくるだろう。


成果に貢献する部門となっていくための第一歩として、この3つの問いについて考え、議論することから始めてみるのはいかがだろうか?


人事・人材開発部門が事業成果に貢献するというコンセプトが提唱されて久しいが、世界的にみれば既に実践段階に入っており、ASTDやISPIなどの国際会議では北米にとどまらず、欧州・中東・アジアの様々な企業の事例が発表されるようになっている。


これまでみてきたような役割や機能を果たす人材開発スタッフはパフォーマンス・コンサルタントと呼ばれている。また、同様の機能を果たす人事スタッフはビジネスパートナーと呼ばれている。いずれも企業内で経営幹部から事業戦略を実行する上で生じる人と組織の問題について相談を受け、一緒に問題の原因を突き止め、解決策を選択し、実行後に効果測定をするという仕事だ。社内呼称はどうであれ、このような役割機能を果たし、経営幹部から頼りにされる人事・人材開発スタッフがグローバル企業では珍しくなくなっている。


日本企業においても人材・組織開発部や人事本部内にビジネスパートナリング部門という呼称の組織がみられるようになってきた。読者の組織では人事・人材開発スタッフがどのような貢献をすることが求められているのか?読者はどのような貢献をしていこうと思うのか?幸いなことに、今号では既にこのような取り組みを実践している日本企業の事例も紹介されている。本稿で述べたことが、そうした事例と併せ、読者の部門内での議論の材料になれば幸いである。

人材開発の効果的なニーズの把握と整理にはコツがあります

パフォーマンス・コンサルティングⅡ
研修効果にこだわる人事・人材開発スタッフには、おすすめの一冊。人材開発部のビジネス志向を高めるための具体的なフレームを整理した本です。

  • 経営幹部から事業の観点で人材開発ニーズを聞きだす質問例
  • 多くのニーズを構造的にまとめるツール
  • 従業員のパフォーマンスが低いときの原因と対処例
  • 経営幹部の戦略実行を支援した多くの事例等

人材開発の上流で役立つ情報が満載です。

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人にかかわる施策、人材開発と事業戦略の連動性を高め、業績向上に貢献することがテーマです。研修効果で悩んだことがある方には有効なフレームワークです。人材開発のあり方や研修の見直しを検討されている人材開発担当の方におすすめです。
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代表者プロフィール

鹿野 尚登 (しかの ひさと)

1998年にパフォーマンス・コンサルティングに出会い、25年以上になります。
パフォーマンス・コンサルティングは、日本企業の人事・人材開発のみなさまに必ずお役に立つと確信しています。

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