パフォーマンス・コンサルティング

若手人事・人材開発担当の方へ—①アジアの人事・人材開発を覗いてみよう

2013.0303

「グローバル人材の育成」と毎日のように言われていますが、みなさんの上司や先輩を見ると、TOEIC800点はおろか、そもそもTOEICを受けていないことに矛盾を感じていらっしゃるのではないでしょうか。しかし、10年先、20年先にはみなさんの時代になります。ぼやいている時間があれば、今からアジアの同世代を意識して勉強した方がいいかもしれません。

 

シンガポールのhrmTV

 

まずはシンガポールをみてみましょう。「ASTDカンファレンスに行きたいけど行けない」「ASTD報告会に参加したことはあるけど、もの足りなかった」と思ったことがある方にぜひお勧めしたいサイトです。

これはシンガポールの会社が発行しているサイトですが、毎週4~7分くらいのインタビューを無料で見ることができます。テーマはhrmTVのタイトルどおり人事・人材開発関連ですが、毎週変わります。その一部を独断と偏見でピックアップすると、以下のような感じです。

02/25/2013

Developing leaders at Mastercard

01/28/2013

Capability management and HR

01/07/2013

Building the brand at Google

12/30/2012

How talent management affects business

11/13/2012

Asian-style leadership

一つだけどんなものか見ておきましょう。⑤はシンガポール開発銀行、ラーニング・タレントマネジメント部門、責任者のトーマス・ピーダセン(Thomas Pedersen)氏のインタビュー(約4分)です。「Asian Style Leadership」について以下のような趣旨のことを語っています。

 

西洋のリーダーシップスタイル 

東洋のリーダーシップスタイル

時間軸

 四半期ベースで短い

長い

意思決定

個人の職務責任として即断する 

集団で決める

その他特徴

外向的、事実重視、容貌やカリスマ性も大事にする 

謙虚、人間関係重視、物静か

内容自体はよく聞く話ですが、当の西洋人から聞くと少し印象が違います。このような東西のリーダーシップの違いに加え、アジアのリーダーがグローバル組織で直面している課題として、次のことをあげています。

  • 西洋本社の多国籍企業で、アジアの人が上記のような西洋型のリーダーシップを発揮しようとしても自然に振る舞うのは難しいかもしれない
  • アジア本社の多国籍企業は、日本・中国・インド・インドネシアとそれぞれ文化も言語も違い、東洋型リーダーシップと一括りにできないため、さらに複雑である

 

このhrmTVを見るメリットは3つあると思います。

 

ひとつはHR、L&D(Learning & Development, 人材開発部門のこと。最近HRDとはあまり言わない)の大きなトレンドがわかることです。
視聴者の関心のあるトピックを取り上げるので、毎週続けて見るうちに自然と何がキーワードになっているのか、見えてくると思います。カッコよく言えば、アジアを通して世界のHRや L&Dトレンドが見えるという感じです。視聴していてわからないことを調べていけば、最新の人事・人材開発の知識が少しずつ増えていくでしょう。

ふたつ目は、グローバルの風を直接感じられることです。
日本人がグローバル人材を語るものはたくさんありますが、このhrmTVのように異文化の人がグローバルな人事・人材開発を語るものはさほど多くありません。グローバルというのであれば、やはり異文化の人の話を直接聞き、彼らのロジックを理解するのが基本という気がします。実際、このシリーズでは欧米系、アジア系企業を問わず、日本企業とは違う前提で語っているので勉強になります。

3つ目は英語耳が鍛えられることです。
個人差はあると思いますが、筆者の英語力では何度も反復して聞かざるを得ないため、よい勉強になります。このhrmTVが便利なのは、5分前後で完結することに加え、聞き洩らした箇所を何度も再生できることです。インタビュアーやスピーカーによって、中国系、インド系、インドネシア系、米系、豪系、欧州系と多様な英語を聞くことができるので本当に勉強になります。

 

当然ではありますが、インタビューを受けている方はみなさん立派な経歴です。ちなみに、先程のトーマス・ピーダセン氏は、日本では慶應大学で講師、モルガンスタンレー、新生銀行などでの勤務経験があり、新生銀行のCLOとして組織変革に取り組んだことがハーバードビジネススクールのケーススタディになっています。

ASTDに行けないアジアの若手の人事・人材開発担当者は、おそらくこのようなサイトを存分に活用しているのではないでしょうか?

 

増えていく韓国の人材開発のPhD

 

次は韓国です。かなり昔のことですが、2005年のISPIカンファレンスでLGアカデミーが次のようなセッション・タイトルで発表していました。

Want to Transfer? Making it Happen with the Integration of Problem-Based Learning and Accelarated Learning

当日は参加できなかったので、後日CDで聞いていたときのことです。LGアカデミーが発表したハンドアウトを見て、そして、プレゼンの録音を聞いて、「これはやられた」と思いました。

メインで発表していたのはWook Choi氏(2005年当時:Gyeong-in National Univ.)ですが、インストラクショナルデザイン(以下ID)の学位をミネソタ大学で修士、インディアナ大学で博士を取得したという方です。たくさんのジョークを交えて、多くの笑いを取りながらのプレゼンで、今聞き直しても見事です。

内容を思い切って要約すると、LGグループのミドルマネジメント層の教育をIDの社会構成主義の原則に基づいて設計し直し、成果をあげたというものです。平たく言うと、実際のマネジメントの問題をケースにし、チームでその問題を解決するために情報を収集し、原因を特定し、解決策を提案するというものです。このシミュレーション的学習プロセスがIDの知見に基づいて構造化されています

よくある話のように聞こえるかもしれませんが、問題解決型学習(Problem-Based Learning)とIDの社会構成主義の理論を取り入れて、次のような設計原則を決めたようです。

  • 学習者自身が自分で意味づける:自分で学習の方向づけをする
  • 他者とのかかわりを通じて学ぶ:多様な視点を取り入れる
  • 実際に知識を活用する状況を作って学ぶ:現実の世界に直面させる
  • 現実と切り離れた断片的な知識の評価はしない:現実の文脈の中で問題解決することを評価する

構成主義では、知識は学習者がその知識を活用する状況や文脈の中で学んでこそ理解が深まり(状況的認知論)、学習は他者とのかかわりを通じて起こると考えるようです。関心のある方は下記の文献を参照ください。

熊本大学大学院 教授システム学サイト
【第9回】学習心理学の3大潮流(3)構成主義:正統的周辺参加と足場づくり

 

受講前から効果測定までの大きな流れを要約すると、次のような感じです。

 

事前
  • ミドルマネジメントが行うタスクに必要な前提知識を得る
  • 事前テストを受ける(受かると受講可、足切りあり)
研修
  • 2日間の研修受講
  • 実際の問題をミッションとして、取り組む。テーマはLGのリーダーに必要な戦略思考、マーケティング、リーダーシップなどとリンクしており、複数のコースがある
事後
  • 学んだ問題解決の知識やスキルを職場で実行する
  • 3~6か月後に効果測定(BrinkerhoffのSCM、ROI)


録音状態がわるく、質疑応答は聞きとれないのですが、爆笑を交えながら非常に活発なやり取りが続いています。

最近のASTDカンファレンスでは毎年韓国企業が事例発表していますが、セッションの発表者は、ほとんど米国の大学でID関連のPhDをとった方です。ASTD 2011報告-① 現代自動車のパフォーマンス・コンサルティング事例の中でもふれましたが、韓国の若い方は米国の大学の博士過程でかなり学んでいるようです。オハイオ州立大学Workforce Development and Educationのニューズレター(2010年秋)をみると、その様子が少しわかります。

知人によると、サムスングループのeラーニングに特化しているCREDUの社員は、ほとんどはPhD取得者で、論文もかなり出しているそうです。

話は横道にそれますが、ASTDから2010年に出版されたThe New Social Learningは翌年には韓国語の翻訳が出て、ASTDカンファレンス2011で韓国語訳が平積みになっていました。韓国企業がeラーニングに熱心なのは最初からグローバルに教育を展開する意図があるからだと思います。ちなみに邦訳は2012年に出ました。

ASTDカンファレンスには、1990年代後半から毎年、400人程度の韓国の人が参加し続けています。ほとんどが30歳前後の若手の人材開発担当者で、宿泊しているホテルでは毎晩熱心に勉強会をする姿が見られます。そして、先にふれたように米国の大学で学位をとる人が着実に増えているわけです。韓国企業は、人材開発のPhD取得者を増やすパイプラインをつくり、既に軌道に乗せていると言ってもよいのかもしれません。

 

マレーシアの企業間次世代リーダーの交流

 

最後はマレーシアです。国策投資会社カザナ・ナショナル(Khazanah National)が中心になって進めた次世代リーダー育成の話です。これは2012年のASTDカンファレンスで発表していたJohn Boudreau教授(University of Southern California)の著書、Transformative HR(2011)の中で紹介されていた事例です。

要約すると、マレーシアの国策企業主要20社(マレーシア航空、プロトンなど)を対象に経営幹部を育成するにあたり、自社だけで次世代リーダーを育成するのではなく、企業間でエース級のマネジャーを交換し、組織だって育成したというものです。2004年から始め、試行錯誤しながら発展させたようです。

全く違う会社に行くので、ポジションも仕事も職場の人間関係も変わります。それだけでもかなりチャレンジングな状況が予想されます。仕事は半年から1年のプロジェクトベースで行い、最長3年間くらいのスパンで取り組んだようです。最初、人によっては、行き先の職場の仕事に全く興味が持てず、思ったように成果があがらないケースもあったようです。2回目からは参加候補者のマネジャーと受け入れ先企業の双方でお見合いの場を持つようにし、スムーズになっていったようです。

 

この事例を読んでいてナルホドと思ったのは2点あります。


ひとつは、現状を定量的、定性的にしっかり分析をしていることです。具体的には次のような指標を使っています。

  • 現在の経営幹部のポジション数
  • 3年後の経営幹部の人数(退職トレンド、定年を含む)
  • 今後の事業の発展や新規プロジェクトなどから必要になる経営幹部の人数

これらの数字をもとに、リーダーシップの需要と供給のギャップが一目でわかるようにグラフ化したり、組織図上に重要なポジションにどの程度のポテンシャルの人材が配置されているのかを交通信号の赤・黄・青で表示したりしています。さらに、参加各社でリーダーシップコンピテンシーを定義し、派遣して1年後に効果測定をしています。

このような可視化が進み、各企業のトップは次世代リーダーの育成に真剣に取り組むようになったそうです。その結果、トップ級の人材が退職したときにはその理由を詳細に分析するようになったようです。このようなリーダーシップ開発の見える化が2004~2005年当時にマレーシアで行われ、さらに発展しているのです。

 

ふたつ目は、CCLの『リーダーシップ開発ハンドブック』にあるように、有望な人材をタフな状況に放り込み、仕事の経験からリーダーシップを学ぶように設計していることです。教科書どおり、最初に各企業で①参加者の現状のコンピテンシーをアセスメントし、②全く違う企業での仕事というチャンレンジを与え、③参加者に対して定期的にフォローしているのです。

③のフォローについての補足ですが、1回目の実施では、エース級の人材なので「何とかするだろう」という感じで、特にフォローはなかったようですが、やはりそこは生身の人間ですからうまくいかないこともあり、フォローが重要だと気づいたそうです。具体的には、この幹部育成プログラムに参加しているマネジャーが集まって意見交換したり、派遣元企業のCEOとマネジャーたちが相互に交流する機会を設けたり、政府の高官が2カ月ごとに講演をしたりといった支援をしたようです。

このプログラムはスイスのビジネススクールIMDと共同で開発したこともあり、IMDのケーススタディにもなっています。

 

以上、既にご存じの話ばかりだったかもしれませんが、アジアの人事・人材開発の一端を覗いてみました。国内の同業他社を見ていれば安心できた時代は遠い昔です。いろいろと調べて同僚や知人と議論してみるとおもしろいかもしれません。もっとよい情報源があれば、ぜひご教示いただければと思います。

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代表者プロフィール

鹿野 尚登 (しかの ひさと)

1998年にパフォーマンス・コンサルティングに出会い、25年以上になります。
パフォーマンス・コンサルティングは、日本企業の人事・人材開発のみなさまに必ずお役に立つと確信しています。

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